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第33話 恋情

 薫たちは一週間かけてひたすら走り、クリュメエナに到着した。ここから馬では、一日で城に着くらしい。 「エヴァンの行きそうなところは?」 「……城くらいしか思い当たりません」 「城は今、俺がいるからそれはないな。他には?」 「シリルと、ロレット、ベルさんに(ゆかり)のあるところ……」  馬上で話していると、ウーリーは分かった、と馬の方向を決めたようだ。どこに行くのだろう? と思っていると、城のある山の麓まで来る。  温泉が流れる川沿いに馬を走らせると、山の裏側に回った。そこは盆地になっているらしく、薫はこんな場所もあったんだ、と声を上げる。  遠くには街も見える。城側の街ほど大きくないけれど、遠目からも山の傾斜に沿って赤い屋根と白い壁が見え、綺麗な街だと思った。そしてその街の手前には──墓地がある。 (そうか、ロレットの墓も作ったって言ってたから、みんなここに……!)  ウーリーが墓地の前に馬を止めるなり、薫は降りて墓地内に駆け出した。「薫!」と呼ぶ声が後ろからしたけれど、構わず走る。等間隔に柵があって、土地がブロック分けされているようだった。 (王のお墓なら、奥の目立つ所にあるはず!)  そう思って、辺りを見回す。木が植えてあり視界が悪いけれど、緩やかな傾斜の上に、ひときわ大きな墓石が見えた。間違いない、と薫はそちらへ走る。するとその墓石の前で、しゃがんでいる人物が見えた。  そのひとはラベンダー色の髪を高い位置でひとつに縛り、白いローブを着ている。薫が最も逢いたいひとだった。  一度立ち止まって深呼吸をする。心臓がバクバクしていて口から飛び出そうだ。けれど、やっと会えたという、喜びの方が大きい。 「エヴァンさん!!」  彼の名を呼ぶと、立ち上がってこちらを見てくれる。その顔は、驚いたように目を見開いていた。  薫は再び走って、そのままエヴァンの胸に飛び込む。抱きついて思い切り彼の身体を腕で締めつけると、あの甘い香りがして一気に涙が出てきた。 「薫……どうして……?」  エヴァンがそう尋ねてくる。そう言うということは、彼には薫が追ってくることが視えなかったらしい。 「エヴァンさん、僕は貴方が好きです! 綺麗で強くて、……でも脆いところがあって。……僕はそこを支えたい!」 「薫……」 「勘違いと思われてもいいです、でも僕は、貴方のそばにいたい……!」  前世でも今世でも見てくれなかった自分を、唯一見てくれたひとだから。  そう言って声を上げて泣く薫の腰に、エヴァンの腕が回された。そして、苦しいほどに抱きしめられる。 「薫……っ」  エヴァンが消え入りそうな声で叫んだ。悲痛な叫びは薫の胸を締め付ける。 「こんな……墓前で……っ、私は……!」  エヴァンの手が薫の後頭部を支え、更に身体が密着した。温かい体温と、彼の吐息、甘い香り、力強い腕。どれも愛おしい、と薫はまた腕に力を込める。 「四人で笑って……! なのに誰一人守れなかった……!」  エヴァンは堪えきれないとでも言うように、声を上げた。  彼の叫びを聞いて、薫はああそうか、と納得する。  一番四人で笑って過ごしたかったのは、エヴァンで間違いない。そして、それが崩れてしまって、守れなかった罪悪感で、彼は幸せになることが怖いのだ。 「エヴァンさん……」  薫は少しだけ身体を離して、エヴァンの顔を見る。やはり彼は泣いていた。 「薫……私は……っ」  エヴァンがそう言って、口を噤む。続く言葉を言うのに躊躇っているようだと思っていると、薫の脳裏に女性の声が響いた。 『エヴァン、貴方はもう少し、自分の気持ちに素直になって』  薫はベルの魂がそう言っていると伝えると、彼は更にボロボロと涙を落とす。 「私は……、私も、貴方と……っ」  言葉と共に再び抱きしめられ、薫は彼の背中を宥めるように撫でた。  シリル、ごめんなさい、と薫は心の中で謝る。壊れた貴方に気づけなくて、貴方を愛せなくてごめんなさい、と。  それでも、シリルは本当にベルを愛していただろうから、()んでくれてありがとう、と感謝した。そうでなければ、そばにいて支えたいと思うひとには出逢えなかったから。 「……私も、幸せになっていいですか?」  遠慮がちに尋ねてくるエヴァン。もちろんです、と薫は彼のサラサラの髪を撫でた。するとエヴァンは今度こそ、普段の冷静さが別人かのように、声を上げて泣く。  そしてしばらくそのままの体勢で、無言で抱き合う。気が済むまでこのままでいいか、と思っていた薫だけれど、全然気が済まない。 (ど、どうしよう……エヴァンさんも離れる気しないし……)  エヴァンは落ち着いたのか、もう泣いてはいないようだ。けれど彼も少しも動かず、薫を抱きしめている。 「……薫」  エヴァンの声が耳元でした。不覚にもその声にぞくりとしてしまって、薫の返事が裏返る。 「私も、貴方が好きです」  そう言って、エヴァンは離れた。顔を見ると目元は赤いが、やはり落ち着いたらしい。困ったように笑っていた。  シリルたちに挨拶しますか? と言われ、薫は頷いてそれぞれ三人の墓前で手を合わせた。前世でも特に熱心な信者ではなかったけれど、何となくそうやってお参りすると、エヴァンが不思議そうに尋ねてくる。 「前世の世界でも、輪廻転生は信じられていたんです」  でもまさか、記憶を持ったまま転生するなんて、思いもしませんでした、と笑うと、エヴァンは眉を下げた。巻き込んでしまってすみません、と謝られ、薫は首を振る。 「そうじゃなきゃ、エヴァンさんに出逢えなかった訳ですから。逆に感謝してますよ」  そう言って笑うと、エヴァンも微笑んだ。まるで水辺に咲く、凛と立つ花のような美しさに見蕩れていると、それに気付いたのか彼は小さく咳払いをする。 「……行きましょう」 「あ、待ってくださいよ」  歩き始めたエヴァンに薫はついていった。少し前を歩く彼と手を繋ぎたくて、手を伸ばすとスっと避けられる。 「繋ぎませんよ。ウーリーがいるでしょう」  どうやら占いをして、ウーリーがいることを知ったらしい。薫は残念、と思いながらも、横にエヴァンがいることが嬉しくて笑った。

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