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第42話 終章
「おはよう薫、昨日はよく眠れたかな?」
朝、薫たちは起きてキッチンに行くと、ウーリーがニコニコ……いや、ニヤニヤしながらやってきた。
「ええ、お陰様で。誰かさんのお節介で、ぐっすり眠れましたとも」
答えたのはなぜかエヴァンだ。薫は慌てて、よく眠れました、と愛想笑いを浮かべる。
(この二人は、どうしてこんなに仲が悪いんだろう?)
そう思ってため息をつくと、エヴァンは何を思ったのか、ウーリーに一歩近付いて聞いた。
「ウーリー、あのお酒、まだありますか?」
「えっ?」
ウーリー特製のお酒が欲しいと言うエヴァンに、ウーリーも薫も驚いた。昨日の身体の異変は、あのお酒にあると気付いたらしいエヴァンだが、なぜそれを欲しがるのか。
「なかなか美味でしたからね。薫にも飲んでほしくて」
「ふぇっ!?」
薫が素っ頓狂な声を上げると、ウーリーは一瞬目を丸くし、それから大声で笑い始めた。
「アッハッハッハッハッ! 俺お前のこと嫌いだったけど、ちょっと好きになったわー!」
澄ました顔してるのが気に食わなかったんだよね、とエヴァンの肩に腕を回すウーリー。しかしエヴァンはその腕を払った。
「私は貴方が好きではありません」
「だよねー。薫を狙う、ライバルだからな!」
「ライバルですらありません」
エヴァンは澄まして素っ気ない態度を取っている。けれど、どことなく、二人とも楽しそうだ。薫はそんな彼らを見て微笑んでいると、ウーリーは「あーあ」と残念そうな声を上げる。
「俺にも春が来ないなぁ」
「……向こう三ヶ月、貴方は激務でしょう」
「その占うまでもない占い、やめてくれない?」
「あ、ウーリー、僕もお手伝いしますから」
薫はそう言いながら、何となくこの二人とは長い付き合いが続くのだろうな、と思った。そして今度こそ、エヴァンが後悔しないような関係を築いていきたい。
二度も、自分を守ろうとしてくれた存在だから。
「エヴァン」
薫はエヴァンを呼ぶと、内緒話をするように手を口に当て、耳を寄せてきた彼の頬にキスをした。
「……」
エヴァンは何も言わずに離れ、目を伏せる。でもその耳は赤い。照れている姿がかわいいと思って、浮かれている自分が恥ずかしくなった。
「おーい、ウーリー、エヴァン、薫ー。卵貰ったけど食うかー?」
そう言って、昨日橋の建設現場にいた人たちが、わらわらと集まってくる。前世では考えられない光景だ、と思い出しかけて、薫は頭を振った。
もう、前世は関係ない。薫の生きる場所は、ここなのだから。
「ねぇ、エヴァン」
薫はエヴァンを見上げると、柔らかい瞳とぶつかった。この優しくて綺麗な瞳が好きだと、薫は思う。
「ロレットが、魂を喚ぶには条件が必要だって言ってたけど、何か知ってる?」
「さあ? でも、魂の意思というのはなかなか強くて、前世に未練がない方が喚びやすい、と聞いたことはあります」
魂の召喚ができる唯一の存在は、もういないので確かめようがない。けれど、ベルの存在が薫を乗っ取ろうとしたことからも、未練というのは相当強力らしい。
そしてやはり、この世界に喚ばれて良かった、と思う。
「エヴァン。僕ね、前世の世界の方が、この世界よりずっと安全で、ずっと発展してるのに、こっちの世界の方が好き」
「……そうですか……」
エヴァンは眉を下げた。薫が恵まれない前世だったというのは、彼は何となく知っている。改めて、薫は話したいと思ったのだ。自分の全てを知って欲しい。そして、エヴァンの過去も、知りたいと。同情されたい訳じゃなく、過去を断ち切る為に。
「エヴァン、薫! 卵いらないのかー?」
「ああ! いります!」
薫は返事をして、笑顔でエヴァンを振り返った。過去を過去のこととして受け入れられた瞬間、人は前向きになれるのだと、薫は実感する。愛されたいと願うなら、自分と向き合い流されない生き方をすればいいのだ、と。
もう、大丈夫。薫には仲間と、自分だけを見ていてくれる、大切な人がいるのだから。
薫はエヴァンの手を引いて、仲間たちの輪に加わった。
[完]
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