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第10話
思っていた以上にヤバい話にベータは焦った。
裏社会のアルファなど、一介のベータが知ることもない。
だが、このオメガはオメガであると言うだけで、そんなアルファに捕まっていたのだ。
「どうやって逃げたの?」
おかわりの汁をよそって上げながらベータは聞く。
オメガはもう4杯目のそれを、泣きながらでも美味しそうに飲む。
「自殺したことにした。前のオメガか自殺したと知ったから、思いついた」
オメガは言った。
番解消は有り得ない。
法的には有り得るが、アルファはオメガを手放さない。
表の世界でも、オメガを手放す位ならとオメガを殺すアルファは多い。
たとえそれで全てを失うことになっても、だ。
それくらいアルファは番のオメガに執着する。
恐ろしい程だ。
裏社会のアルファならどんな手を使ってでも、オメガを逃がすわけがない。
だから、自殺するオメガは多い。
それだけが逃げる方法だから。
アルファの前の番はそうやって逃げたのだと知って、オメガは考えた。
でも死にたくはなかったから。
死んだことにすれば、と。
流石に死ねば追って来ない、と。
計画を練った。
毎日犯されながら、ここを出る日のために耐えた。
半年に1度の発情期だけは、無我夢中で番を求めたけれど、そんな自分も嫌いだった。
この男が誰よりも嫌いだった。
そんな男に犯され悦ぶ自分が大嫌いだった。
「だって僕は人間だ。オメガだけど人間だ。獣は嫌だ」
オメガは泣いた。
でもそれを強く信じていたのだとわかった。
どれだけ犯されようと、支配されようと、快楽に狂おうと、ただそこから逃れて生きようとしたのだと。
4杯目のご飯をついでやる。
流石にそろそろ止めるべきかもしれない。
だが泣きながら、オメガは美味しそうに食べる。
歳上なのに可愛くて。
酷い目にあってて可哀想で。
でも、戦い抜いてアルファを出し抜いたのだと知って尊敬もした。
「愛してるって言われる度に心に刻んだ。絶対に逃げてやる、と。こんな愛なんかいらないって」
オメガはモグモグご飯を頬張る。
お茶も入れてやった。
別荘に連れて行かれた時チャンスだと思った。
そこには断崖絶壁があるのを知ってたから。
逃がさないためにそこを選んだのだろうけど、だからこそそれを利用した。
遺書を部屋に用意し、アルファの目の前で飛び降りた。
「それはもちろん、何か工夫してたんだよね?助かるための」
ベータは聞く。
「なんにも。泳ぎはそれなりに得意だったから。でも死ぬところだった、何回も生きるのを諦めようかと思ったよ」
オメガは言った。
ノープランだったとしてゾッとした。
強い流れに底に何度もオメガが飲み込まれ、もがき苦しむのをアルファは見ていて、飛び込もうともしていたのをオメガは確認した。
飛び込めばいい、と思った。
アルファも死ぬのだし。
真っ青な顔で自分の名前を呼ぶアルファをその瞬間でさえ嫌いだと思った。
アルファが飛び込もうとした時は海の底に逃げようかと思った。
だがアルファは止められて、慌てて船をよびよせようとしたはずだった。
助けにいくために。
でもオメガはとうとう深い潮に呑まれて底へと引きずり込まれ、気絶した。
そして、気付けばかなり沖に流されていた。
運が良かったのだと知った。
普通は死ぬまで、海底と水面をグルグルとまわり続けるのだ。
だから自殺の名所なのだ。
死体すらさがすことが出来ない。
そこからは半日以上泳ぎ、空の星の位置から陸を目指した。
生きたかったから頑張った。
岸にたどり着き、助けてくれた漁師に誰にも言わないで欲しいと頼んだ。
アルファはその場所では有名だった。
誰の別荘なのかを誰もが知っていた。
もう海に落ちたオメガの話は伝わっていたから。
何もしてやれないが、と言いながら、漁師は誰にも言わないことを約束してくれ、死んだ娘の服と少しお金を貸してくれた。
オメガは女装した方がオメガだと分かりにくいことをその時知った。
観光客に紛れてその別荘地から逃げた。
溺れたオメガを探していた連中には見つからなかった。
見つからない死体を探し続けていたはずだ。
そうやって。
逃げて。
逃げられたのに。
「抑制剤が効かないんだ。どうしても、どうしても、何年かに1度、我慢が効かない時がある」
オメガは泣いた。
流石にもうおかわりはしようとはしなかった。
「嫌だ。あんな獣みたいなのは嫌だ。でも・・・どうしてもガマンが効かない・・・」
オメガの目から綺麗な涙が零れて、あの凄まじく淫らな生き物と同じとは思えなくなる。
「アルファなら・・・」
言ってみた。
番を失ったオメガとアルファをマッチングするシステムもあるのだ。
まだ番を得ていないアルファと、番を失ったオメガが性欲を解消するためだけの。
だが。
「僕が生きていることがバレるわけにはいかない」
オメガは断言した。
表だろうが裏社会だろうが、アルファ同士の繋がりは存在する。
「だから。どうしても我慢できない時はベータを・・・」
漁っていたわけだ。
それはそれで危険だが、このオメガには番が1番恐ろしいというのはわかった
「いつもなら一人のベータでもそれなりに落ち着くんだけど・・・」
今回はいままでになく酷かったのだ、とオメガは言った。
「助けてくれてありがとう」
オメガは箸を置いてぺこりと頭を下げた。
その可愛いさに胸をつかれた。
もうダメだと思った。
これだけヤバい話を聞いてもコレなら、もう無理だった。
可愛い過ぎた。
ベータはもう覚悟を決めた。
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