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第2話

「いいな…イメージ通りだ。このデザイナーと一度会ってみたい」 乙幡(おつはた)・エドワード・奏丞(そうすけ)が笑顔を向けるので、周りにいる者は皆、顔を引き攣らせている。 乙幡は、日本を代表とする高級家具ブランド『ジュエ』の社長である。 今回売り出すのは、小さな子供がいる家庭向けの家具だった。子供がお菓子やペンで家具を汚しても、すぐに拭き取れる特殊な素材で出来ている椅子やソファである。 ジュエの技術で特殊な生地が出来上がり、それを今回新商品として販売するソファなどに使用していた。実際はお菓子だけではなく、ワインなど色が強いものでも、拭き取りすればシミにならないような加工をしてあるのでオールマイティに使えるものであった。 その新商品の広告をデザイナーに依頼していたところ、乙幡のイメージしていた通りのラフ案が提出された。 「前にも頼んだデザイナーだろ?確か、ハイスタイルのシリーズだっけか?」 「そうです。アールデコのデザイン広告が評判良くて、今回も同じ方にお願いしたんです。あれが評判良かったので今回もデザイナーとして契約してます」 「そうか、専属でうちの広告のデザイナーとして契約してもいい。一度会いたいから俺も今度の打合せに参加する。いいだろ?」 無邪気にウインクする男に秘書を始め周りは寒気が走る。社長自ら広告の打ち合わせには、中々出ることはない。 なので、予定調整含め打ち合わせの準備等、更に忙しくなる予感を感じた。 また、いつも何かにつけて意見を挟む社長がご機嫌なのも、何を言い出すかと恐ろしく感じているのだった。 どんな人だろうか、女だろうか、男だろうかと乙幡は想像するだけで嬉しくなってくる。 似たようなセンスの持ち主と会えるのは、いつでも気分が高揚すると思っていた。 __________________ 「初めまして、デザイナーの木又(きまた)和真(かずま)です。一緒に来ているのはアシスタントの水城(みずき)(あい)です」 (あれ?ちょっとイメージしていた人と違うな) 第一印象で乙幡は違和感を感じたが、でもまあ、そんなもんかと思い直し挨拶をする。 「乙幡です。いつもイメージ通りのデザインありがとう」 「社長があなたのファンなので今日は同席してしまいました。会いたいと言って、打ち合わせ迄来ています」 秘書の長谷川(はせがわ)が場を和ます。 「それは、光栄です。ありがとうございます」 木又は驚いた顔をしていたが、すぐに理解したようで笑顔で答えた。 「ジュエの高級路線ではなく、180度違うものにしたかった。子供が家具を汚しても親に怒られないような感じでってね。なので今回はこのポッシュシリーズを手掛けたんだ」 「ええ、そのような依頼でしたからすぐに理解しました。なので、早速ですがこちらを見てください」 男は饒舌になり、デザイン画を見せた。 巷では最高級と言われている『ジュエ』のソファに落書きしたり、お菓子を擦り付けて遊ぶ可愛い子供がデザインに入っている。 ジュエのソファなので、金額も高級であることは多くの人がわかる。なので、このデザインを見た人々からは「高級家具を汚さないで!」と悲鳴が聞こえそうだが、このシリーズは特殊な生地を使っているので、汚れがすぐに落ち傷にも強いというコンセプトが、よく見るとその広告デザインからわかるようになっていた。 乙幡の意図を汲み取り作ったこの広告のデザインは、洒落がきいていて見事だ。 (これはまた売れるだろうな) 乙幡は心の中でそう考えていた。 ジュエの家具は高級感はもちろん、安定感があるため、幅広い年代に愛されている。また、今回のように新しいシリーズを出す時は、広告のセンスで売り上げも決まる。そのため、デザイナーは非常に重要な存在であるので、会って話がしたいとも乙幡は思っていた。 送られてきたデザインのラフ案には、メモとして走り書きが書いてあり、それが乙幡の目にとまった。 『picoとかキャンディとか』と、書いてあったのだ。それを見て乙幡は懐かしさからニヤッと笑ってしまった。 picoは乙幡が子供のころアメリカでよく食べていたお菓子だ。今でいうグミのように、グニャグニャとした砂糖菓子で、カラフルなものがあり子供たちに人気のお菓子だった。砂糖がいっぱい付いているお菓子なので、picoを食べるといつも指が砂糖でベトベトになり、その頃のアメリカの子達は、picoを食べてベトベトになった指をソファにこっそりなすりつけて、母親に怒られていた。ラフ案の端にその走り書きを見た時に、乙幡は子供の頃過ごしたアメリカを思い出した。 picoをソファに擦り付けても、汚れないって斬新な広告は人目を引く。乙幡は走り書きに書いてあった言葉で、デザインした人は、商品に対する自分の気持ちを理解してくれたと嬉しく感じていたのだった。 (確か『pirocorii』って商品で、通称 picoって子供はみんな呼んでたんだよな。アメリカのお菓子だったか) 「木又さんはアメリカに住んでましたか?」 乙幡は、頭の中で考えていたことがポロッと口から出てしまい、唐突な質問をしてしまった。突然別の角度からの質問に、木又は一瞬ぽかんとしていた。 「いいえ、ずっと日本です。アメリカは行ったことないですね。ヨーロッパ方面なら行ってましたけど」 走り書きの話をしようとして、乙幡がアメリカに住んでいたことがあるか?と先走って質問してしまった。当然、アメリカに住んでいたという回答がくるかと思ったが、木又はアメリカに行ったことがないという。 それなら何故picoを知っているのだろうか、なんだかおかしいと乙幡は思った。 「ああ、すいません。私がアメリカの血も流れているので、つい。木又さんもアメリカに住んでたのかと思ってしまいました。ははっ」 とりあえず取り繕ったが、初めて木又を見た時に感じた違和感が大きくなっていくのを感じる。 このデザインを作ったのは、この男ではないのか。picoと走り書きを書いたのはこの男じゃなかったのか。 この走り書きメモは、イメージを膨らませるために書いたのだろう。恐らく、『picoをソファに擦り付けても大丈夫』というニュアンスだ。書いた人と目の前にいる男は、別人物のような気がする。 乙幡はそう考えていた。 「木又さんのデザインは本当に素晴らしいですよ。以前のハイスタイルシリーズも社長は絶賛していたんですよ」 秘書が新しい話題を出してきた。 そうだ、確かアールデコの時、ステンドグラスを使ったデザインだったと乙幡は思い出した。 「木又さん。あのシリーズステンドグラスを使ってましたよね。あの発想は斬新だったからよく覚えてます。何故ステンドグラスにたどり着いたんですか?」 「ええっと、そうですね。雰囲気がステンドグラスかなと思いまして…ひらめきみたいなものですかね。ね、水城さん」 隣にいる水城という女は曖昧に「ええ、そうですね」と答えているが、目が泳いでおり、居心地が悪そうにしている。 「ひらめきね…それは素晴らしい。ステンドグラスが白のみで美しかった」 乙幡は上の空で答えたが、頭の中では確信していた。 (ひらめきであのステンドグラスなんてあるかよ。デザインしたのは、この男じゃないな…) では、このセンスあるデザインは誰が作ったのか。隣にいるこの女が作ったのかと考えたが、それも違和感があり、違うと考え直す。 こうなると、どうしてもデザインした本人と会ってみたくなる。そもそも、何故木又は、隠しているんだろうか。 疑問ばかりが膨らんでいく。 (俺の直感を信じて、この隣にいる女に聞いてみるか…) 乙幡は水城に確認することにした。

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