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第3話

木又と一緒にいた水城を呼び出すことにした乙幡は、オフィス最上階の社長室で待っていた。 ジュエの担当経由で連れて来られた水城は、打ち合わせだと思っていたのだろう、違うとわかりビクビクしている。 秘書の長谷川が、冷酷な表情を浮かべ話を切り出す。 「水城さん、お呼びした理由はわかったかと思います。乙幡も穏便に済ませたいと言っているのでお話いただけますか」 (上手い…こいつ、カマかけるの上手いんだよな) 乙幡の直感で、木又和真はデザイナーではないと感じた。あの広告は他に作っている人がいるはずだ。それを確かめたいと長谷川に伝えたら、証拠はあるのかと言った。そんなものはない、俺の直感だと伝えたら、目の前で深いため息をつきやがった。 なんとなく違う、イメージと合わない、多分違うと思う、では名誉毀損で訴えられると長谷川は言う。それに、広告が使えなくなったら、上手くいっているジュエの商品にも傷がつくかもしれないと。 確かにそうなんだが、違うものは違うと、乙幡は感じたことを事細かく伝えた。もちろん、picoの走り書きのこともだ。 ため息をつこうがなんだろうが、何とか上手くやってくれるのが秘書の長谷川だ。水城だけをここへ呼び出して、さぐり出そうとしている。まあ、この水城の様子を見ればすぐに喋るだろうと、乙幡は思っていた。 「すいません…申し訳ございませんでした。一枚だけだったんです」 (ほらな、もう認めただろ。あ?一枚って言ったか?) 水城が話した言葉の意味を理解しようとしていた乙幡に、更に上乗せして言う言葉が聞こえた。 「長谷川さんの写真がどうしても欲しかったので、こっそり隠し撮りしてしまいました。申し訳ございませんでした」 「違う!そんなことじゃない」 痺れを切らした乙幡が水城をソファに座らせ、自分も隣に座る。なんだよ長谷川の写真ってと、思ったがどうでもいいので追求しなかった。 「デザインのことだ。わかるだろ?」 乙幡が言い放ち水城を睨む、水城の目の奥が一瞬揺れたのを見逃さなかった。 「知ってるな。言ってみろ、契約違反になるかもしれないな」 乙幡は、ソファにドカッと座り直す。 「そんな言い方しないでください。水城さん大丈夫ですよ。知ってること話してください。私達は、水城さんを守りますから」   長谷川が横から助けを出す。 (上手い…急に優しくして。こいつ、心にもない事を言ってる…) 長谷川が水城に話しかけているのをチラッと見ると、水城が何か言いたい顔をしているのが確認できた。 「この仕事、白紙になってしまいますか?もうダメですよね」 水城の口から仕事という言葉が出る。 「この仕事って、ポッシュシリーズの広告か?」 ストレートに伝える乙幡に、長谷川は眉間に皺を作っている。事前に、社長は口を挟まないで欲しいと、言われていたからだ。 「他の人のデザインを使用したり、真似て作ったりもしていません」 水城が堰を切ったように話し出す。 やはり、デザインのことを言い出したということは後ろめたい何かがあるはずだ 「誰も真似してるとか言ってない。木又がデザインしたのかと聞きたいだけだ」 長谷川は更に嫌な顔をするが、乙幡がもう一声言おうとした時、水城が言った。 「あれは木又和真ではなく、木又の兄がデザインしたものです」 木又和真はグラフィックデザイナーだが、いつもありきたりなものばかりしか作れず、人目を引くもの、斬新なものを作ることは出来なかった。 木又には同居している兄がいて、以前、アイデアに煮詰まった木又は、兄が落書きしたものをラフ案としてクライアントに持っていったことがあった。そのラフ案で仕事が決まり、上手くいったのが事の始まりだったという。 今では、兄にデザインをさせて木又和真の名前で売っていると水城は言った。 水城は、木又の名前がどんどん大きくなっていくのに罪悪感を感じるが、仕事は入ってくるので止めることはできず、ズルズルと引き受けていた。 「やっぱりな、あいつじゃないと思ったんだ。だけど、その兄は何してるんだ?兄がデザイナーになって、木又がディレクターでもいいだろ?」 疑問はそこだった。これほどセンスのあるデザインだ、本人がデザイナーとしデビューすればいいはずだ。 「木又はデザイナーとして有名になりたいんです。兄の方は自己主張するタイプじゃないから、木又に言われるがまま従ってる感じです」 「そしたら契約違反だろ。うちは、木又和真デザイナーとの契約だからな」 話を聞いていて乙幡はイライラしていた。何でこんな面倒くさいことに巻き込まれなくてはならないのか。自分がデザイナーと会いたいと言ったのがきっかけではあるが、会社としての契約があるので事情が変わってくる。 万が一、木又和真のデザインではないということが世間に知れたら、我が社のイメージは良くない。木又の兄がいつか自分が描いたデザインだと主張したら、このデザインはうちでは使えなくなってしまい、商品にも傷がつくだろう。 こんな不安定なことはあってはならない。商品を売り出す前に何とかしなくてはと思っていた。 それに、木又のせいだとしても、関係ないとは言えないため、一流の会社に泥を塗ることになる。それは避けたいことだった。 「木又の兄って知ってるのか?会ったことあるのか?」 デザインセンスがあるのに、それを活かすこともせず、自己主張がなく言いなりになってるとはどんな奴だと、乙幡はイライラしながら水城に確認した。 「私は木又の下請けなんですけど、兄の悠が描いていることは知っています。細かい指示は悠からもらうようにしてるんです。なので、知り合いです」 「お前、その悠って奴と連絡取れるか?俺に会わせろ」 イライラし過ぎて乱暴な言い方で乙幡は水城に言う。隣では長谷川が静かに怒っているのがわかる。 「ちょっと難しいかもしれません」 「長谷川の写真2枚だ」 「了解しました。すぐに会えるように連絡取ってみます」 水城とは話が出来ると、また乙幡の直感が動いたが、長谷川だけは嫌な顔をしている。

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