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第4話

水城に連れられて乙幡は喫茶店にいた。 悠とはいつもここで会っているという。 塾講師をしている悠は、間もなく仕事が終わりこの待ち合わせ場所に来ることになっている。 木又が家にいるため、悠はすぐに帰らなくてはいけないらしい。会える時間は限られている。 悠も木又の名前でデザインをしたことについては、罪悪感を感じていると水城は言う。それなので、ジュエの社長が同席しているとわかると心を閉じてしまう可能性があるため、悠と待ち合わせするための理由を水城が作った。 水城の趣味であるコスプレの仲間の外人が、日本の文化や習慣の違いで困っている。何とか助けてあげて欲しいという理由で引き合わせると言う。そのコスプレ外人役が乙幡だ。 理由というか、設定というか、本当のことを隠し、騙し討ちのようで気が乗らなかったが「知り合いになれば後は俺が聞き出す」と言った手前仕方がなかった。 「水城、コスプレって仮装だろ?そんなことやってんのかおまえ。っていうか、こんな設定して上手くいくのかよ」 今どきのカフェではなく、喫茶店での待ち合わせは案外居心地が良かったが、細かい情報と悠に会うための設定に、乙幡は嫌気がさしてきていた。 「私、人気コスプレイヤーなんですよ。悠はそのこと知ってるし、それに困った人は助けるはずなんです、悠は。社長は見た目外人だし、私の知り合いって言えば絶対大丈夫ですよ」 「はいはい、じゃあ俺は困った外人になればいいんだな。ところで悠は英語喋れるのか?」 「悠は昔、アメリカに住んでいたようです。塾で教えている教科も英語なんです。私は英語全くダメなので、とにかく英語だけで悠と会話してください。そのあとは、連絡先交換して、よろしくお願いしますよ」 (アメリカに住んでたか...) 会いたいと思った人の印象がどんどん悪くなっていった。同じようなセンスを持つ人に会いたいと思ったことはもうどこかに行ってしまい、今は、何故このようなことになったのかと、問い詰めるモードに乙幡はなっている。 ただ、問い詰めるなどは社長のすることではないこともわかっている。 でも、どうしても気になってしまうから、自分の目で会って確かめてみたいと思っていた。 「わかった、わかった。上手く出来るから、俺は。問題ない」 カランカランと喫茶店の入り口から音が聞こえる。自動ドアじゃないんだなと、入り口に向けた乙幡の目には、一人の男が視界に入った。 (悠だ...) 線の細い男という印象だ。弟の和真とは似ていない。地味な感じなのに、何故か目が離せないでいる。 この場所に似合う感じもするが、もっと別の場所に連れて歩きたい感じもすると、咄嗟に乙幡は色々と考えを巡らせた。 悠は、水城をさがし見つけると嬉しそうに笑う。その顔に乙幡はまた釘付けになった。欧米でいうところのスマイルのように大袈裟ではなく、ふわっと柔らかい笑顔なので、つい椅子から立ち上がりたい衝動が起きる。 乙幡の周りにはいない、初めて見るタイプの男に惹き付けられるのを感じた。 水城の隣に座った悠は、「水城ちゃん。ごめんね待った?」と言い、ニッコリと乙幡にも微笑んでいる。 (俺だよな...俺に笑いかけてるんだよな…) 「和君には、水城ちゃんとこの前のデザインのことで会うって言ってあるけど、あまり時間ないよ?大丈夫?」 悠は日本語で水城と話をしている。この前のデザインと言っているのでジュエの広告デザインのことだろう。 「呼び出してごめんね。あ、連絡したのはこの人なの。私の知り合いなんだけど、日本での生活に困ってるみたいだから、助けてあげて欲しいなって思って」 水城が悠に促すように言う。 「はじめまして、木又(きまた)(ゆう)です」 悠が乙幡に向き直って英語で挨拶をしてきた。事前に水城から簡単に聞いていたようで英語で話かけてきたが、聞き取りやすい綺麗な発音をしている。 声も心地よく綺麗だ。 「はじめまして、エドワードです」 「水城ちゃんの知り合いってことはコスプレイヤーさんですか?最近日本に来たんですか?」 「そう。最近きた。うん。コスプレだ」 「エドワードさんは何に困ってるんですか? 僕でお役に立てればいいんですけど...」 「エドでいい、そう呼んでくれ。あ、そうだ、困ってる。日本のルールに困ってる」 「ルール?ですか。なんだろう、コスプレのかな。コスプレは僕、詳しくなくて...」 「大丈夫。コスプレではない。その他のことで困ってるから、助けて欲しい」 大企業の社長でもあり毎日部下を叱咤している乙幡が、悠を前に緊張しているのか、一言二言しか返事ができないでいる。 近くで見て話しをすると、綺麗な人だというのがわかる。遠目で見たときは地味な男だと思ったのに、不思議だった。 自分でもなんでかわからないが、目の前の人に釘付けになっている。 「悠、よかったら連絡先交換してあげてくれない?変な人じゃないから」 英語はわからないと言っていた水城が、助け船を出す。 乙幡は、恐らく相当上の空になり、ひたすら悠を見つめていたようだ。見つめられている悠は居心地悪そうにしていた。 「いいよ。僕でよかったら」と、携帯を取り出す悠の動作を目で追っていたら、 水城に合図され、遅れて乙幡も携帯を出した。 「あ、pico!懐かしい」 悠が乙幡の携帯を見て、嬉しそうな声をあげた。 この前の走り書きから、picoが気になり検索しヒットした画像を、乙幡は携帯の待ち受けにしていた。 その待ち受け画面が、連絡先交換する際に見えたのだろう。 (やっぱり、デザインしたのはこの人だ...) 乙幡が確信した瞬間だった。 「pico好き?俺、小さい頃よく食べてたよ」 携帯の待ち受け画面を指差して、乙幡が悠に質問する。 「僕もです。好きでした」 「じゃあ好きなフレバーなんだった?」 「えっと、」 「ちょっと待って、せーので言おう」 「「せーの」」 「「チェリー」」 やっぱり同じだと乙幡は思う。好みの味覚も一緒なのかと嬉しくなった。 「コーラとかソーダとかあったけど、やっぱりチェリー」 悠が乙幡の待ち受け画面を見ながら嬉しそうに言う。 「でも人気はコーラだった。俺の周りはみんなコーラ食べてたよ」 「そうそう。そうでした」 さっきまでは辿々しかったがpicoのおかがで話が弾む。他の話題でも同じように話が弾むのだろうか。 試してみたい、もっと話をしたいと思っていた時に、悠が切り出した。 「ごめんなさい、もう行かないと。時間がなくて」 和真がいるので早く家に帰らないといけないらしい。 「悠、連絡していい?」 「いいですよ。待ってますね」 悠と連絡先を交換できたことだけで今は満足だった。 「エドと連絡先交換したし、僕で答えられることは答えるけど、コスプレのこととかだったら、水城ちゃんにも聞くから連絡するね」 突然日本語で悠が水城に話しかけた。 もう帰るのだろう。 「エド? ああエドね。了解。私も連絡するね」 悠が帰る後ろ姿を席からずっと見送っていた。また喫茶店のドアがカランカランと鳴っている。 「水城、悠は俺のイメージ通りだ。 いや、イメージから100倍超えてた」 外人のコスプレイヤーから社長に戻る。 「社長って、百戦錬磨に見えますけど、そうじゃないんですね。上手く出来るから俺は、っていうから余裕かと思ってましたけど... 私、英語わかんないですけど、途中カタコトでしたよね」 「水城、長谷川3枚な」 「ありがとうございます」 何を言われてもいい。 デザインのセンスが良く、会ってみたいなと最初は思った。 だが、間に入った情報や事情から、印象が悪くなっていった。 それなのに、実際に会うことができたら全てが吹き飛んだ。ただただ、もっとこの人を知りたいと思っている。 こんな勝手で都合のいい話は、ないよなと乙幡は自分でも思う。 もっと悠を知ることからスタートしようと、考えていた。

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