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第6話
最近は、秘書の長谷川に「すぐに携帯をいじらないで下さい」と言われている。ピコンと鳴ると飛びついてしまうので、「音も消して下さい」とも言われている。
しかし、悠からのメッセージをいち早く確認したいので、長谷川から言われることは全てスルーする。関係ない。
家に帰ると深夜まで悠とのやり取りがメッセージアプリで続き、毎日充実している。家だと長谷川からうるさく言われないし、夜の方が悠も頻繁に送ってくれるからであった。
こんなにも気が合う人がいるんだなと、メッセージを通して乙幡は感じている。
とうとう『少しの時間でいいので会いたい』と送ってしまった。この前は『たまには電話してもいいか』とも送った。
俺はティーンエイジャーかよと、自分にツッコミを入れたくなる。こんなにそわそわしているのは初めてかもしれない。
いつもは自分優先、押せ押せで人にお伺いなんて立てないくせにと、自分の行動に驚き笑ってしまう。
しかしさっき、送ったメッセージは既読になったが、返信に時間がかかっている。まだ来ない。
会いたいなんて急に送ったから迷惑だったのだろうか。
「長谷川、ここ電波悪いんじゃないのか?」
返信が早く欲しくても来ないのは、電波のせいにしたいところだ。
もう一度携帯をよく見ると、悠からのメッセージが来ていた。やはり電波が悪かったようだと思い、読んでみたら、『この後連絡が取れなくなるかも知れません』と書いてある。
毎日の悠とのメッセージで浮かれている間に、悠の日常生活は更に不自由になっていると乙幡は慌てた。
思い起こせば数日前、悠からのメッセージで、元気がないのを感じ取った。あの時対応していればと、今更ながら後悔してしまう。
乙幡は長谷川を呼び、すぐに行動に移すことにした。
「長谷川、この前の件どうなってる?
すぐに手配出来そうか?」
「はい。すぐにでも出来ます。最もらしいことを言えば飛びついてくるでしょうから。手配しますか?」
「ああ、急いで欲しい。ちょっと早いけどいいだろう、頼む」
3ヶ月後に日本で大規模な家具とインテリアの展覧会がある。かなり多くのメーカーが集まり、ジュエもその展覧会に参加することになっていた。
展示会は世界各国で開催しているが、今回日本で開かれるものは規模がもっとも大きく、企業やバイヤーが多く集まる。
展示会では、効率的な商談もできるため、どこのメーカーも力を入れていた。
ジュエも、更なる企業ブランドのPRを行いたいと考えており、また新製品の発売に力を入れて顧客獲得、販売促進を目的とし参加する予定だ。
力を入れている商品は悠が手がけたデザインのポッシュシリーズであった。
展覧会はもう少し先であるが、ポッシュシリーズはアメリカの工場で作っているため、その打ち合わせで木又をアメリカ迄行かせようと考えている。その間に悠と話し合いをしたいと、乙幡は思っていた。
『エド』はジュエの社長であるという自分の正体を明かし、木又がいない間に、今後の事を話するため、悠に会って話をしたかった。
さっき、少しでいいから会いたいと送ったのは純粋に会いたかっただけだが、『もう連絡が取れなくなるかも』と悠からメッセージが送られて来たので、計画を早めることにした。
こんなメッセージを見て乙幡は、居ても立っても居られなくなる。
「木又には、デザイナーとし参加して欲しいと伝えます。海外に連れて行けばすぐに帰ってくることも出来ませんし。
まあ、やる仕事は沢山あるので、木又には現地スタッフと一緒に働いてもらいますよ」
メールで各部署に連絡をしているのだろう。忙しそうにしながら長谷川がそう言った。頼もしく、頼りになる男だ。
これからは少しだけ言う事を聞くようにしようと乙幡は思った。
「俺も急いで準備をする。長谷川、そのままでいいから写真を数枚撮らしてくれ」
嫌な顔をする長谷川を携帯で何枚か写真を撮り、乙幡は水城に連絡をする。
「社長、明後日に出国できるように手配しました。現地も大丈夫、問題ありません。後は、木又からの返信待ちです」
長谷川からの報告を受け、その旨も水城に追加で連絡をする。情報共有は大事だ
悠にもう一度メッセージを入れてみたが、既読にはならなかった。
夜になっても既読にならないメッセージはこんなに辛いものかと、乙幡は気がつく。昨日までの幸せな毎日が、メッセージ一つで急に不安でいっぱいの日になった。
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