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第9話
「結局、悠に作ってもらったことになったな。ありがとう」
「これは作るのが簡単ですからね。久しぶりに食べるけど、美味しい」
ショートパスタと専用のシーズニングパウダーが箱に入っているハンバーガーヘルパーは、ひき肉を炒めて水と箱に入ってる物を入れれば出来上がりだ。
アメリカでは定番のご飯だった。
簡単に作れて、ジャンクな食べ物だけど子供も大人もみんな好きだ。悠は久しぶりに食べて美味しいと笑ってくれた。
「やっぱり悠もパスタは別茹でしない派だな。それも俺と一緒だ」
ハンバーガーヘルパーの作り方は家庭によって違い大きく二つに分かれていた。
ショートパスタを別茹でしてからひき肉と一緒に炒める家庭と、炒めたひき肉と一緒にショートパスタと水をそのまま入れる家庭だった。
乙幡も悠も、全部一緒のフライパンで作る後者だとわかった。
「え?作り方って他にありますか?これは時間が無い時に作るご飯なので、全部入れちゃうのが正解だと思ってました」
「俺もそれが正解。別茹でするより美味しいと思う」
こんな些細なことで、毎日メッセージを送り合っていた日々が急に戻ってきたように感じる。二人ともその時の口調に戻っていた。
「冷蔵庫のビールもあと少ししかないよ。明日、スーパーに行くの付き合ってくれる?」
食べ終わり、ビールを飲みながら冷蔵庫を開けて中身を確認している乙幡が、悠に聞く。
「あの…乙幡さん、僕」
「エドって呼んでただろ。今までと同じでいいよ。本名だし」
「じゃあ、エド…僕、何も持ってなくてご飯食べるのも、ここに住むのも、何かしないとって思うし…どうしたら…」
何もしないでここで生活するのは、居心地が悪いと気にかけている。急に連れて来られたのだから、本当なら怒っていいはずなのに、悠は何かしないといけないと思っているのか、しどろもどろで言い出した。
乙幡は悠をダイニングからソファに誘導させ、ゆっくり話しかけた。
「悠、本当はここにいる間は、何もしないで生活してていいんだよって言いたいけど、それだと君は気にするだろ?だから、そうだな…悠の得意なことを俺に教えてくれないか?俺は悠が得意なことも、できれば君がやりたい事も知りたいんだ」
「得意なこと…やりたい事…?」
「そう、どんな事でもいいよ。例えば、ハンバーガーヘルパー作るのが得意とか、やりたい事は…なんだろ、深夜まで映画をたくさん見たいとかでもいい。
悠のこと俺に教えて。デザインのことは考えなくていいよ、できる?」
「そんなことでいいの?」
「今一番、俺の知りたいことだよ。毎日教えて欲しい。お願い聞いてくれる?」
半信半疑だという顔をしていたが、ここは少し強引に持っていこうと乙幡は考えていた。
乙幡は、悠が心の奥に封印している喜怒哀楽を出してあげたいと思っている。
悠は考え込んだ顔をした後、頷いた。
「よかった。お腹いっぱいになった?
変な時間に寝ちゃったから、目が覚めちゃったよな」
「お腹いっぱいになりました。ごちそうさまでした。アメリカのご飯ってサイズも量も多いですよね。子供の頃、ひとりだと食べきれなかったのを思い出しました」
父と二人でアメリカに住んでいたと聞いている。小さな頃の悠は父の帰りを待って、ひとりで食事をしていたのだろうか
「さて、何しようか。明日は休みだし、夜更かしして、映画でも一緒に見ようか。何がいいかな…」
乙幡は、テレビに映る配信動画から映画を検索している。
「うわっ、これ懐かしい。悠、知ってる?見たことある?」
「あっ、ありますあります。確か、コメディでしたよね。懐かしい」
とりあえず映画を流すことにしたが、
見入ることはなく、二人は別の話で会話が弾んでいく。映画も既に3本目になっていた。
「僕は、サマーキャンプ嫌いでした」
「俺も、嫌いだったな。でも親は行けって言うし。友達と遊んでた方が楽しいのに」
「でも最後は、まあよかったかなって思って帰りましたよね」
「そうそう、あれ何なんだろうな」
お互いの昔話をしていると共通点が更に見つかり、時々二人でゲラゲラと笑い出す事もできた。時間を気にせず話ができるのは、ものすごく楽しいと乙幡は感じていた。
「なんかちょっと食べたいな。あっ、ポップコーンあるよ。レンジでチンするやつ。食べる?」
キッチンの棚から乙幡が探し出した。
「それ、僕の得意なことなのでやらせてください」
「おっ、そう?じゃあお願いします」
得意なことを受け入れてくれた。
悠は楽しそうにレンジの前でポップコーンができるのを待っている。
「できた。熱々です。美味しそう」
どんなことでもいい、悠が楽しいことを、毎日見つけられればいいなと乙幡は考えていた。
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