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第10話

いつの間にか寝ていて気がついたら朝になっていた。目が覚めたら、昨日の昼寝と同じ体勢でソファに寝ていたのがわかる。乙幡の上に寄りかかるように寝ていたので、びっくりして飛び起きてしまった。 昨日ここに来た時は、頭が回転しなかった。とりあえず疲れているようだからひとまず寝ましょうと、長谷川に言われ、素直にそのまま寝てしまった。自分は図太いなと思う。 だけど、乙幡の隣にいると気持ちが落ち着く。一緒に寝ていても、乙幡の体温が高く自分に伝わってくると心地よくなり、すぐに眠くなってしまう。人とこんな近くで一緒に寝るのは、小さい頃の父との記憶しかない。 飛び起きても、乙幡はまだ寝ていた。 突然他人が家の中に入ってきたから、きっと疲れているのだろう。もう少し寝かしてあげたいと思うのと、ちゃんとベッドで寝かしてあげたいなとも思う。 身体の大きな乙幡は、ソファだと少し狭く、身体を縮めているように感じる。 ブランケットをそっと上からかけてあげた。 昨日、映画を見ながら食べていたポップコーンを片付ける。久しぶりに楽しかったと思い出し、クスッと悠は笑った。 キッチンへ行き、冷蔵庫と棚の中をチェックした。乙幡は、何もないと言っていたが、棚の中からはスープ缶やシリアル、冷蔵庫からはピーナッツバターが見つかった。これもまた自分と好きなものが一緒だとわかり、悠は嬉しくなる。 乙幡とは食べ物も話題も同じ感覚だと感じることがある。それが単純に嬉しく思う。今までそんなこと気にしたこともなかったが、他人と共通の話題や感覚があるとこんな感情になるんだなと思った。 今日はスーパーに行こうと乙幡が言っていたので、これから料理は作らせて欲しいと言うつもりだった。それは悠の得意なことだから、そう伝えると乙幡は喜ぶはずと悠は考えた。その後はやっぱり名前を偽って出したデザインのこと、弟の和真の事も考えなくちゃと思っていた。 乙幡から言われたとはいえ、ここに来てから前向きになっている自分に悠は驚く。たった一日なのに。 「悠、おはよう。いつ起きた?ごめんな、疲れてたのにまたソファで寝ちゃったな」 ごそごそと、片付けをしていたから起こしてしまったのかもしれない。 乙幡が起きてキッチンまで来ていた。 「おはようございます。起こしちゃいました?」 冷蔵庫から冷えたペリエを出して乙幡に渡してあげると、少し驚いた顔をした後、「ペリエが欲しいの何でわかった?ありがとう」と笑いながら受け取ってくれた。 「スーパー行かないと… 俺、買い物苦手なんだ」 冷蔵庫を覗き、乙幡が憂鬱そうに呟いている。理由を聞くと、料理も掃除も洗濯も、いわゆる家事全般苦手だと言う。いつも仕方なく最低限の食材だけ買ってきて調理すると言っていた。 「あの、それ僕の得意なことです。得意なこと見つかってよかった。それ全部やっていいですか?」 「もちろんだよ、悠。お願いします。 でも、悠がやるなら俺も一緒にやりたい。一緒でもいい?」 思った通り嬉しそうに言ってくれた。乙幡のそんな顔を見るだけで嬉しくなる。 シャワーを浴びて着替えをする。長谷川が用意してくれた外出用の服や下着は、サイズがピッタリだった。部屋着だけがオーバーサイズのようだ。 リビングに行くとシャワーから出てきた乙幡がソファに座り携帯をいじっていた。髪が濡れたままでいるのでタオルを持ってきて渡すと、ありがとうと受け取り、そのまま膝の上に置いている。悠は、濡れた髪が気になりウズウズとしてくる。 「エド、あの、髪の毛濡れてるから、そのままにしてると服も濡れちゃいますよ?タオルで拭く?」 乙幡は少し長めの髪型だ。濡れている髪からはいつもより強くウェーブが出ている。そのため、濡れている髪の毛から服に滴が落ちそうであった。 「拭く?」と濡れた頭を下を向きにし、乙幡は悠の方に向き直る。これは、拭いてってことかなと思い、持ってきたタオルで悠が拭いてあげた。 「これ、悠のやりたい事?」 「これはちょっと違うけど、いいですよ」 「ごめん、悠のやりたい事だと思った。間違えた、自分で出来るからやるよ」 焦った顔を見せる乙幡に、悠は笑顔で首を振り返す。 自分から言わないとだめなんだなと、悠は気がつく。でも、乙幡の髪の毛を拭くのは嫌じゃない。大きな身体の人が、髪を拭いてもらい、じっとしているのが少しかわいらしいと思った。 やっぱりジュエの社長とは結びつかない。悠の中では『エド』だった。 「やりたい事に入るかも」 「本当?」 朝からこんなに笑える日は、いつぶりだろう。何をしても楽しいと思える。 「悠、スーパー行く前にちょっといい? 渡そうと思って設定だけしといたよ。」 悠が使う携帯を長谷川が準備したと、乙幡が言っていた。そう言って、携帯電話を渡された。 「今まで使ってた悠の携帯って、どうなってる?」 「もう解約してます。家にいたら使わないからって。だから、僕、もう携帯使いませんよ?」 やっぱりな、と乙幡は呟いている。  「携帯電話は連絡を取るものだけど、それだけじゃないんだ。検索も出来るし、写真も撮れるだろ?これで悠がやりたい事を見つけることも出来る。だから持っていて欲しい。また俺と連絡先交換してくれる?メッセージ送るし、悠からもメッセージ欲しいな」 もう二度と持たないと思っていた携帯電話だ。そんなに必要ではないと感じていたが、乙幡とのメッセージのやり取りだけは、やりたいと思える事だ。 改めて連絡先交換をすると、ピコンと携帯が鳴った。乙幡がスタンプを送ってきた。また乙幡と繋がれたと悠は感じ、嬉しくなる。 「初の写真撮ろうよ。自撮りだな」 やってみてと言われて、四苦八苦しながら自撮りというのをやってみた。 写真には悠と乙幡が収まっている。 首を傾げて心配そうな顔の悠と、笑顔の乙幡が写っていた。 「それを、俺に送って」 こうやって、と送り方を教えてもらう。以前はカメラ機能付きの携帯ではあったが、写真を撮ることも必要とは感じず、一度も使った事はなかった。 初めて撮った写真は何だか変な感じもする。自分には必要ないと思っていた写真が、大切なものに思えてきていた。 渡された新しい携帯電話の中には、一枚だけ保存されている写真。乙幡と二人で写っているものだから、余計にそう感じるのかもしれないと思っていた。

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