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第15話

平日の朝は、乙幡は仕事のため出勤する。朝ごはんを二人で食べた後は、この家の中は悠ひとりになる。 夜、乙幡が帰ってくるまでの間は、掃除や洗濯をしたり、夕飯を作ったりしている。それ以外の時間は、乙幡に譲ってもらったハードカバーのノートに、書き出す作業を悠は行っていた。 小さな頃、父に「やってみると面白いよ」と言われたことがあり、それからずっと、やっている事だった。 思い浮かぶことを延々と書き続ける。 それだけの事である。 書いている内容が、その時の悩みだったり、困ったりする事が大半だが、その悩みを解決する糸口も無意識に書いてあったりもする。 今、書き出した内容を見直すと、自分のダメさ加減に苦笑いすることになった。 自分にできること、やりたいこと、得意なこと、家事全般、と書いてあった。 乙幡の期待を裏切りたくない、とも書いてある。 塾、気になる、という文字を見つけた。 和真に言われて、急に辞めてしまった塾講師の仕事が気になっているのは確かだった。 幸いなことに携帯電話が今は手元にある。塾長に連絡してみようかと思った。携帯電話で検索する方法は乙幡から教えてもらっている。 (教えてくれたことがすぐに出来たって、後でメッセージ入れておこう) こんな時でも乙幡のことを考えていると思うと、少し可笑しくなった。 携帯で検索し、以前働いていた塾が見つかり、連絡を入れてみた。突然辞めてしまったことを改めて謝罪したら、塾長から提案があった。最近はオンライン授業が人気なので、それをやって欲しいと言う。 詳細は全てメールで送るというので、乙幡に今日の夜、相談しようと思った。 和真に相談する時は、いつも気が重くビクビクしていたが、乙幡に相談するのは楽しくて仕方がない。いつもどんなことでも一緒に考え喜んでくれる。 きっと今日相談することも一緒に喜んでくれるはずだ。悠の中では、塾講師を復職したい気持ちが強かった。 今日の夜ご飯は何にしよう。 悠は、ワクワクしながら、乙幡にメッセージを送った。 _______________ 「悠、何かあった?」 夕飯中に乙幡が尋ねてきた。少し困った顔をして悠を見ている。何かあったんだなと感じたのだろう。だけど、それが何かわからないので困った顔をしている。 なんだかわからないけど、こういう乙幡のことを見ると悠は胸がギュッとする。 本当はご飯中に相談するのはやめようと思ったけど、せっかく乙幡が言ってくれたから、伝えてみることにした。 「あのね、やりたいことがあって」 「いいよ。なに?」 まだ何も言ってないのに、いいよと言う。この乙幡にも胸がギュギュッとし、顔の頬が緩む思いをする。 「塾講師を急に辞めてしまったから、改めて謝罪の連絡をしたんです。そしたら塾長にオンライン授業でもいいからやらないか?って言われて、やりたいなと思って…」 「すごい!いいね、ここでやってみなよ。このタブレット使っていいよ。オンラインの設定がわからなかったら教えてあげれるし。いつからやる?」 いつもダイニングに置いてあるタブレットを指差して乙幡は言った。 「今週の土曜日からどうかって言われて、やってもいい?」 「OK!土曜日は、俺、休みなのでそばにいるから大丈夫だよ」 よかったと、心から思う。塾の生徒たちも気になっていたし、あんな形で辞めるなんて酷いことをしたと、責任を感じていた。受け持ちの生徒が受験するまではきちんと責任を果たしたいと思うと、乙幡に伝えた。 「悠、やりたいこといっぱい見つかってきたよな。それもノートに書いてわかった事?」 乙幡には、ノートに書き出す事を伝えてある。面白いねと言い、書き出すことで、悠の思いとかイメージとかが湧き出てくるんだねと言われた。 確かに、色々と書き出した中にアイデアが見えたりもしていたのを思い出す。 __________________ 土曜日になり、はじめてのオンライン授業は、一度塾講師を辞める直前まで受け持っていた高校三年生の女の子だ。 オンラインとはどんな感じなんだろうと、悠はワクワクしながら時間になるのを待っていた。 時間になったらログインし、相手の生徒が映り出すというのだ。 「あっ、藤本さん。久しぶり。元気そうだね。僕、見える?聞こえる?」 見覚えがある生徒が、画面に映し出されて、悠は嬉しそうに声をかけた。 「先生、聞こえてるけど、カメラが外向いてるよ。先生じゃないイケメンが映ってる」 「えっ? 見えてない?」 キッチンでコーヒーを入れていた乙幡が声に気が付き、タブレットに手を振りながら笑顔で近づいてくる。 「えっ、ちょっと、近くで見るとすっごいイケメンだね。先生、一緒に住んでる人?」 「えっと... 」 「HI!」と、内側にカメラを向けるように設定してくれた乙幡は、画面の藤本に向かいまた手を振っている。 「先生、ルームシェアしてるの? HI! ルームメイト?」と藤本も画面越しに手を振り問いかけている。 「He's my roomie」 乙幡が悠と自分を交互に指差して、画面向かって言う。 「えっ、えっ、何て言ったの?先生」 「roomie、ルームメイトって言ったの。ちょっとくだけた言い方かもね」 「おおっ、なるほど。でもさ、すごいイケメンじゃん。紹介してよ先生」 「ほら、ふざけないで。授業始めるよ」 リビングに移動した乙幡が笑って見ている。悠は初めてのチャレンジに出だしは好調で嬉しくなっていた。

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