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第19話
目を開けるとベッドルームだった。
服は着ているが、下半身は少しヒリヒリとしている。
夢ではなかった。
乙幡と肌を合わせた。キスをたくさんしたので、悠の唇は少し腫れているような気がする。
キスをするだけでもドキドキするのに、飛び越えてあんなことまでしてしまった。それが嬉しい。けど恥ずかしい。
何度も繰り返し肌を重ねていたので、最後の方は二人共やり方が上手くなっていた。一晩であんなに何回もするものなのかと、初めて知る。最後まではやらないよと言われたが、最後とは後ろに入れる事だと後からわかった。
後ろに入れることは、よく調べてからしようということになったが、乙幡からは「でも、必ず、するからね」とその話になると何度も目を見て言われた。
キッチンの方から甘い匂いがしている。
ゆっくりとベッドから降りて、キッチンまで行く。昨日、夕飯は食べずに寝てしまった。身体を合わせる行為は、体力をかなり使うらしいということも知る。
キッチンに行くと「うおぁっ、あちっ」と、乙幡の声が聞こえた。
「起こしてくれればよかったのに。すぐ作るよ?」悠が声をかけると、
「おはよう。俺が悠に作りたかった。でも、これが正解かわからない」と困った顔をして言う。
フフっと悠は笑って乙幡を見上げ、
「おはよう」と言ったらその口にキスが降りてきた。恥ずかしくてムズムズする。
「これって恋人同士?」悠が乙幡を見上げたまま聞くと「恋人同士だよ。これで違ったら、俺泣くよ」と乙幡は笑っている。
乙幡に何を作っているかと尋ねると、パンケーキと答えが返ってきたので、悠はベーコンと卵を焼こうと準備をする。乙幡がすきな卵料理は、スクランブルだというのはもう知っている。
好きなこと、苦手なこと、聞かなくても少しずつ知っていること。それが人を好きになるってことなんだなともわかった。
「できた。焦げたのは俺が食べるとして…ダイニングにする?リビングのソファにする?」
「ダイニングでいいよ。これも持って行って欲しい」
多分、悠の身体を気遣ってソファにするか聞いたんだなとわかると、またムズムズした。気がつくと頬と口元が緩んでしまう。
「エドのパンケーキ美味しい。ふわふわになったね。何枚焼いた?」
「箱の中あれ全部使った。食べきれなかったら、俺食べるよ」
いつもと同じような会話なのに、昨日とは明らかに違うのは、好きだと声に出して伝えたからだろうか。今までにない、ふわふわとムズムズとした思いが胸の中で広がる。また頬が緩んでしまう。
「どうした?何考えてる?」
「何だか、胸の中がふわふわして…上手く言えないけど…嬉しいし、ちょっと恥ずかしいかな。こんな気持ちだよって勝手に考えが伝わればいいのに…」
上手く言葉に出来ないので、ベーコンを食べてごまかすと、乙幡はゲラゲラと笑っている。
「考えが勝手に伝わったら、俺はちょっとマズイかな」
「なんで?」
「だって、悠とするエロいことを考えたり、思い出してるんだよ。勝手に伝わったら、悠は恥ずかしがると思う」
いつもと同じ会話に加わった恋人としての会話。昨日と同じダイニングテーブルなのに、会話と空気はまるで違う。
「そういえば、ノート勝手に見ちゃってごめんね。いつも閉じて片付いてるのに、ノートもペンも書き途中って感じだったしソファで寝てるから心配したよ。悠、珍しいな」
思い出した。乙幡を想像し、シャワーを浴びながらひとりでしていたことを。
その間、ノートはそのままにしていた。後で片付けようとしていたが、疲れ果てソファで寝てしまったんだと思い出す。
見られたと思うと、ものすごく恥ずかしい。ひとりでしていたことも知られてしまいそうで顔が熱くなる。
だけど、それがきっかけでこうなったんだと、前向きに思い直す。これは、結果オーライという言葉で片付けられるのだろうか。
「どうした?大丈夫か?」
「大丈夫…やっぱり、勝手に考えが伝わったらマズいね」
「おっ、なんだなんだ?顔が赤くなってるぞ。可愛いな」
そう機嫌良く言った乙幡は、食べ終わった食器を片付けている。続いて悠も片付けようと立ち上がると、ソファ行ってていいよと言われる。
「悠はノートにだと、色々喋ってるんだなってわかったよ」
ソファでは、悠を膝の上に乗せ、抱きよせるように乙幡は座る。身体は大きし、身長も多分10cmは乙幡の方が高いだろう。昨日もここからベッドまで軽々と抱き上げられ、運ばれたなと思い出す。
「悠に話しておかないといけないことがあるんだ」
なんだろう少し身構えてしまう。
「悠の弟、もうすぐ帰国するよ。ジュエの仕事が早く片付いたんだ。だから後、2日くらいで帰ってくる。俺はもうあの家に悠を戻せないと思っている。悠もあの生活に戻るのは嫌だろ?だからここで生活して欲しいと思っている。いい?」
和真が帰ってくる。あの生活を思い出すと気分が落ち込んでしまい、体が強張っまう。最近は考えないようにしていた。
悠もこのまま乙幡と一緒に生活していたいと思っているが、色々と片付かない問題が残っている。
「ありがとう、僕も戻りたくないと思ってるけど…このままお世話になってばかりはよくないとも思うよ。それに、今までのことを考えると…ああ、本当にごめんなさい。デザインのこと、取り返しのつかないことだと思っている」
「悠、大丈夫だよ。デザインのことはもちろんだけど、木又に、悠はここに住むって事も伝えたいから、すぐに話し合いの場を設ける。そこには一緒に出てもらうことになるけど、大丈夫?」
「うん、それは大丈夫。お願いします。僕の口からも伝えないとって思ってる…だけど…デザインのことは…あのデザインは僕のではないと言われたらそれまでです」
乙幡は悠を抱き上げ、ロッキングチェアに座らせた。後ろから抱きしめられるここが悠は好きだ。
乙幡はいつもいつも笑顔を向けてくれる。こんな時でも、気持ちを和まそうとしてくれるのがわかる。
「あれは悠のデザインだ。水城も認めているし、水城に細かい指示を出して完成させたのは悠だろ?人の手柄を平気で横取りすることは許せない。悠が手がけたデザインを悪びれた様子なく、自分の名前で出すのはずるいことだ。うちは木又和真とデザイナー契約してるから、契約違反になるんだよ。木又和真ではない別の人が作ったデザインを頼んだ覚えはない。いくら俺が気に入ったといっても、契約上は違反だ」
あのままずっと和真の言いなりになり続け、色々なところでデザインを手がけていたらどうなっていただろう。
バレなければいいと和真は言っていた。
悠が言わなければ、誰もわからないことだ。和真はネームバリューがある。和真の名前を出せば、大概売れると言う。
だけど、それではいけないことが今はわかる。手がけたデザインに対しても、乙幡の会社に対しても失礼なことをしているとわかった。
あの頃、責任を持つなど、考えたことはなかった。
責任とは、乙幡と一緒に過ごしてわかったことで、それがないあの頃の行為は、恥ずべき事ということを感じた。
悠は自分を振り返りそう考える。
自分が手がけたもの、デザインや塾講師の仕事、やるからには責任が必ず付き纏う。
自分の意思で結論を出さなくてはいけない。自分でジャッジしたことはやり遂げる。それが責任あることだと、乙幡を近くで見ていてわかった。
正々堂々と、これから乙幡と付き合っていくために、自分の行動に責任を持とうと思う。
「木又と契約解除して、改めて悠と契約したいと思っている。そしたらあの広告は使えるだろう。悠もデザインも守りたいと思ってる」
「僕と契約ですか?デザインの?」
そう、いいかなと乙幡は悠に笑って言うが、和真に対しては静かに怒っている。そう感じた。
「広告デザインが決定しないから、ポッシュシリーズは発売を延期しているんですよね?」
「まあな…だから話し合いをして早く解決させようと思っている」
頬と唇にキスをされた。この人は大きい、心も気持ちも何もかも。悠を責めたりすることもなく、何とか解決しようとしている。
「そういえば、あのシリーズ、社内で意見が上がったんだ。子供向けの家具だけじゃなくて、もっと幅広い年代向けのシリーズにしたらどうかって。それもいいかもなって、俺も思ってさ。今回は展示会があるから、今予定してる子供向け家具で出すけど、その後、シリーズの内容を充実させようかなって、思ってるんだ」
ロッキングチェアを揺らしながら楽しそうに話している。乙幡は、仕事のことを考えている時が楽しそうだった。
「家具ってさ、使う人が気持ちよく過ごすのを助ける役割があると思うんだよ。ここで寝たら気持ちいいとか、こうやって好きな人と近くで話ができるとか」
そう言って、悠の髪を撫でた後、引き寄せてキスをする。
「高級な家具を買うとテンション上がるだろうけど、買ってすぐに汚れたりしたら、そりゃあショックだよな。白のソファに、赤のワインこぼしたりしてね。シミになったりしたらさ、そりゃ落ち込む。一度汚すと、ずっとそこを見ちゃったりね、しちゃうよな…気になっちゃうっていうか…そんな気持ちにさせるのは、嫌だなって思ってさ。それで、子供がいる家庭をターゲットに今回の汚れがすぐに落ち、傷にも強いってシリーズを作ったんだ。だけどさ…赤ちゃんも大人も汚すときは一瞬なんだよな。そう思うと、社内で出た意見はわかるんだよな…」
自分に言い聞かせるように話をしている。以前、自分は身体が大きいから、はみ出さない家具がいいと、乙幡が言っていたことを思い出した。
それもひとつ、そして今回のもひとつ。乙幡には仕事をする理由がたくさんあり、強い思いが伝わってくる。楽しそうに話をしているの見ていて悠は羨ましく思う。
「そうですよね、服と違って家具は毎日着替えるものじゃないし。僕も、やっぱり気になってしまいます。ソファの上で飲んだり食べたりは緊張する」
「ここでは気にするなよ。俺は、生活して出来たシミは楽しいと思うけどな。だけど、そう思わない人が多くいるのも知ってるよ」
なあ、悠...と囁き覆いかぶさってくる。
この人の思いが、身体に浸透するような気がした。
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