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第21話
「悠、大丈夫?隣に必ずいるから。離れないからね」
乙幡と長谷川が迎えに来てくれて、車で移動した。車の中では今日の話し合いの内容を長谷川から聞く。乙幡から聞いていた通りの内容なので不安はなく安心しているが、やはり少し怖いとも思う。隣にいるからと言ってくれる乙幡に、気持ちが落ち着く。
この高層マンションに来た時と同じ地下の駐車場から出発する。あの時とは逆の景色を眺めながら自宅に着いた。
水城が家の前で待っている。
「水城ちゃん、来てくれてありがとう」
「悠、元気そうでよかった。声は聞いてたけど、会うのは久しぶりだもんね」
久しぶりの自宅だ。乙幡と水城が来た時のままになっていた。思ったより片付けてあったんだなと、悠は見渡して思う。
「もうすぐ、和真さんは到着するようです」
長谷川から伝えられる。車から降りてからは意外と緊張していないのは、乙幡がそばにいてくれるからだろうか。乙幡を見上げるとにっこり笑ってくれた。こんな時も悠を安心させそうとしているのがわかる。
玄関から音が聞こえてきた。和真が帰ってきたようだ。
「和君、おかえり」
「あっ、悠。ただいま」
水城からのメッセージは見ているからか、ジュエの社長も秘書も揃っているのを見ても和真は驚かず、態度は普通だ。
悠が咄嗟におかえりと声をかけた。
「和君、僕からのメッセージ受け取ったよね?あのね…」
「悠、無理しないでいいから」
乙幡が途中止めに入った。悠が慌てているのがわかったのだろう、少し体が震えてきていた。
「木又さん、私達がここに来ている理由、わかりますよね。帰国早々ですが、お話させていただきます。こちらにどうぞお座りください。お願いします」
長谷川が切り出す。和真は素直に言うことを聞き、皆と同じテーブルにつく。
「早速ですが、木又さんのデザインと聞いていたこちらですが、こちらは悠さんがデザインをしたものとわかりました。そうですよね?」
長谷川が悠がデザインしたものを出し、見せる。ソファに落書きして遊ぶ可愛い子供のデザインだ。
「なんでわかったの?悠が自分で言ったの?」
和真は認めるような口調で言うが、誰とも目は合わせず、デザインを見ている。
「俺が見つけた。このデザインを見た時、デザイナーに会いたいと思った。実際会ってみたらイメージと違う。それでいくつか質問したら完全に別の人がデザインしただろうと確信したよ」
ゆっくりとした口調で、乙幡が和真を真っ直ぐ見て言った。
「私がその後ジュエに全て伝えている。悠がデザインしたものを下請けとして、うちが引き受けて完成させてるって」
水城も続けて和真を見て言った。
それでも和真は誰とも目を合わせない。
「それで?悠は自分のだって言ったの?自分がデザインしましたって言った?」
和真は目線を上げ、悠にだけ視線を送り、そう言う。真っ直ぐな和真の視線に少し怯んでしまう。隣には乙幡がいると思い直し、悠は口を開く。
「言ったよ。僕がデザインしたって。僕がデザインしたのを、和君の名前で出してるって伝えた。いつもこれを繰り返しやっていたよね」
「そうか…悠が自分のデザインって言ったってことは、俺は契約違反になるってことか。それで来てるんですよね?」
やっと和真から長谷川に向き合うように話始めた。
「そうです。それでお邪魔させてもらいました。木又和真さん、ジュエはあなたと契約を交わしています。契約書の内容にもそれは記載されています。あなたではない別の人のデザインとなると、契約違反となります。悠さんがデザインしたものをジュエに提出している。これは違反となります」
長谷川から説明が入る。和真は動揺することもなく、ふーんと言い聞いている。
「それで?どうしたらいいですか?」
認めるような、投げやりのような口振りで言う和真に、長谷川が話を続ける。
「木又和真さんとジュエとの契約は解除となります。契約解除通知書を作成していますので確認ください。それと、和真さんも悠さんのデザインと認めたようですので、契約解除合意書にサインもお願いします」
長谷川が準備していた書類を流れるようにテーブルの上に広げ始める。
「わかりました。どこにサインすればいいですか?」
和真は契約違反を認め、合意書にサインをしている。拗れることなく進めているのは、乙幡と長谷川のおかげだ。
和真も素直に聞いているということは、事前に伝え考えた結果なのだろう。
あっという間にサインされていく。これで和真とジュエは契約解除となり、関係は無くなる。
「それで、賠償金は?いくらですか?」
やっぱり和真は金では解決しようとしていた。事前に乙幡と話をしていた通りだと悠は感じた。
和真は急に名が知れ渡り、有名となったため自由に使える金が手に入った。なので、何でも金で片付けられると思っているらしい。
「損害賠償は請求しない。あなたとジュエの関係が無くなればそれでいい」
乙幡が言う言葉を、へぇと和真は小声で言い聞いている。
「それと、改めて悠はジュエと契約することになる」
続けて言う乙幡の言葉に、和真の顔色が変わった。
「悠のデザインを使うってこと?こんな素人のつくったやつをジュエが使う?」
デザインはお蔵入りすると思っていたのだろう。食ってかかる和真に乙幡が口を挟んだ。
「今まで悠にデザインを作らせてたんだろ?よく言うよな。デザインに素人も何もない、俺はそう思っている。それに、ジュエは有名デザイナーという名前だけでデザインを買うような会社ではないからな」
「ふん、じゃあ結局、悠も金かよ。悠と契約ってことはこのデザイン使うんだろ?金が絡んでるってことだ。なあ、悠…俺が金渡してないから、こんなことするの?金なんていくらでも渡せるよ。でもさ、悠も同じだよな、適当にデザインして金もらうんだもんな。母さんに世話になったくせに、母さんいなくなったらすぐ金に飛びつくのかよ」
和真の心ない言い方に悠は愕然とする。
今まで言われたままデザインしてきたと言えど、お金のためを考えてデザインをしてはいない。ましてや適当なデザインなど考えたこともない。でもそれを言っても説得力はないと悠は思っていた。
「薄っぺらいんだよなお前。仕事って仕事したことないだろ。悠は言われたことをただやってるだけじゃない。クライアントの意図を理解している。相手の意図を汲み取り作るのがデザイナーの仕事だ。お前にそれができるか?難しいだろうな、出来ないから悠に作らせてたんだもんな。金?お前にとって金は、大切で縋りつきたいものなのかもしれないが、そんなものただのツールだ。あって困るもんじゃないが、あってもただのツールとして使うだけだ」
乙幡は声を荒げてはいないが、静かな怒りを感じる。
「そういえば、前のシリーズのデザインでステンドグラス使ったのあったけど、あれもどうして使ったかって聞いても、ひらめき?みたいな回答だったよな。悠が作ったから答えられないのは仕方がないだろう。だけどな、本来であればどうして作ったかを、説明出来なくてはならない。思いや、真剣に向き合った結果を伝えるのも仕事だ」
乙幡は続けて深く重い言葉を投げかけた。乙幡が真摯に仕事と向き合っているかが、よくわかる。
「社長、もういいでしょう。これで終わりですから」
長谷川が間に入った。このままでは更に言い合いになりそうであったから止めに入っていた。
「俺もわかった。もういいでしょう?
ジュエとは契約無しになったんだし。
悠、お腹空いた?何か食べに行く?」
和真は悠がここに残ると思っているらしく、いつものように話かけてくる。
契約が解除となったことがどれだけ重要であるか、今後自分の仕事にも影響するかは考えてないようだ。考え方が幼いのだろうか。
「和君、僕はもうここには住まないよ。ここを出て行くから」
「どこに行くの?」
和真はわかっていて聞いてきたようだ。
鋭い目つきで悠を睨み問いただす。
「俺のところで暮らすよ。この一ヶ月一緒に暮らしていた。だからそのまま住むことになる」
乙幡が隣から和真に声をかける。悠が一瞬、体をビクッとさせたのが伝わったようで乙幡からそう説明をした。
「僕が置いて欲しいって乙幡さんにお願いしたんだ。それと、塾講師の仕事も再開してるんだよ。これからやりたい事、得意な事をもっと見つけないとって思ってる。和君、自分がやり始めたことには責任が必ず付き纏うんだ。自分の意思で決めたことはやり遂げないといけない。それが責任ある行動だと思う。僕は今までのこと、本当に反省したんだ。それに、間違いがあっても自分で選んだことは、最後まで責任を持って行動したいと思ってる。これは、乙幡さんが僕に教えてくれたんだよ」
深く息を吸いその後、和真に悠は伝えた。自分の気持ちを始めて和真に伝えられたなと悠は気がつく。
「乙幡さん、金払うから悠を返してよ。
悠…俺、悠の作る焼きそば食べたい。母さんへの恩返ししなくていいの?悠…」
「悠は物じゃない。お前、金で解決することが出来ないのをわかってて言ってんだろ?それにいつまでもお母さんのことを出すな。悠に看病されてお母さんは嬉しかったと思うぞ。もう十分だろ、大人になったんだから焼きそばくらい自分で作れよ」
呆れた顔で乙幡が和真に言う。
「そうだね、母さんのお墓参りに行って報告しておく。和君、身体に気をつけてね。何かあれば連絡していいよ?」
悠は、はっきりと和真に伝えることが出来た。今までは言いなりになっていたのが、随分昔のような気がする。隣にいる乙幡に恥ずかしくないよう自分の口から伝えることが出来たと思っている。
「連絡は悠に直接じゃなくて、私を間に入れて。和真は私に連絡してきていいから。悠には私から伝えるから」
水城が真剣な顔で和真に厳しく言う。
うん、と和真は頷き落ち込む様子を見せる。ずっと一緒に生活していた弟のなので、そんな姿を見るとかわいそうな気もしてしまう。だけど、ここに戻ったら同じことの繰り返しだと改めて気持ちをリセットする。
和真の家を出て、乙幡のところまで車で送ってもらった。乙幡は仕事に戻るが、早く帰るからと言っていた。
掃除をしてご飯を作って待っていよう。
乙幡が帰ってきたら、伝えよう。
ありがとう、これからよろしくお願いしますって。
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