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第28話

「オンセン、YESSS!」と工場を後にしてからずっと乙幡は、はしゃいで運転している。 長谷川が今日の宿泊先を取ってくれた。ここからそれほど遠くはないという。温泉に入りたいという乙幡の希望で、決まった場所だと言っていた。 山沿いの道を車で走る。隣には好きな人がいて運転している。少し前までは目の前の問題も振り払えないくらいだったのに、随分大きく自分は変化したなと悠は感じている。 あの頃では考えられない生活を今送っている。自分で行動することができるようになってきたのは、乙幡が教えてくれたことが大きかった。 乙幡はふざけているようで、冷静な人だと思う。仕事の時間、恋人との時間、多忙な彼は両方共、妥協しないで扱う。 いつもジャッジは辛めなのを、知っている。飄々としているが、強引なところも知っている。そんな彼をカッコいい人だなと思う。 「君の問題は俺が解決したいな」と、言われたことがあった。乙幡は、言葉で伝える前に原因も解決策もきっと考え終えてるはずだ。乙幡のような大人になれるだろうか。 (いつか僕も同じセリフを言いたいと思うけど…そんな日は来るかなぁ) 「悠、到着だよ。いいところだな」 宿泊する宿に到達した。全室離れに建てられているという。 一棟づつ分かれているので、部屋の前まで車で行くことになり、駐車場もそのまま付いている。 「すごいね…こんな素敵なところ初めてです」 渓谷に囲まれた立地にあり、吊橋が見える。その景色は見ごたえがあるものであった。 「おおっ、いいね」 部屋には露天風呂が付いていた。豪華な部屋は離れだけあって静かだった。 「温泉、温泉」と乙幡は喜んでいる。 「悠、お腹空いた?昼は工場のみんなとお弁当だったから、俺は腹減った」 「運転してくれたから余計疲れたよね。ありがとうございました」 どういたしましてと、言いながらベッドに押し倒されキスをされる。家とは違うベッドだが、こちらも大きめのサイズだ。乙幡の身体が、はみ出さないですみそうである。 「部屋に風呂が付いてるから、一緒に入れるよ。チェア付きだからリラックス出来るんだね。オンセン最高!」 ベッドの上で悠に覆いかぶさり、キスをしながら乙幡は楽しそうに言う。 「ご飯が先?でしょ?その後、露天風呂に入るの楽しみだな」 季節ごとに内容が変わるという食事は、山と海の幸を使った創作料理だった。 メインには、和牛とドライエイジングビーフを味わうことも出来、シャンパンで乾杯をすると、気持ちも体も落ち着いてきた。恋人との初めての旅行に、何もかも満足していた。 「悠、そろそろ入る?一緒に行こう」 乙幡に誘われて一緒に露天風呂に入る。夜になり空が綺麗だ。外の気配は草木が揺れる音だけだった。 悠…と言いながら、湯の中で引き寄せられる。乙幡の膝の上に座り、後ろから抱きしめられ、首筋にキスをされた。 「温泉のお湯が熱いと入れないって思ってたけど、外だからなのか大丈夫だった。気持ちいいね」 「熱いお湯は僕も苦手です。すぐに疲れちゃうっていうか、のぼせちゃう」 誰にも見られていないから、湯の中で戯れ合うことも楽しい。とろりとした湯が身体に纏わりつく。 「何、考えてます?」 悠の身体を触ったりキスしたりしている乙幡だが、ほんの僅か違うことを考えているようだった。 「ん?悠のことだよ」 そう言いながら頬にキスをしてくる乙幡に、「嘘、違うこと考えてる。さっきの工場のことでしょ」と悠は言った。 「ハハハッ、凄いね悠。そうだな工場での事考えてたけど、悠のことも考えてたよ」 「何をですか?」 乙幡の膝の上に座ったまま、くるりと向き合うように、悠は体勢を変えた。 「さっきラタンで出来たロッキングチェアあったろ?あれを見て悠は、素敵って言ってた。俺は、そうでもないなと思ってたんだ。いいけど、まあ作ろうと思ったら誰でも作れるかなって。でもさ…」 ちゃぷんと湯が揺れ、悠が抱きしめられる。 「悠が想像するもの、工場のみんなが想像するもの、俺が想像したもの、みんな違うんだよな。想像は自由で誰のものでもない。使う人のものだなってさ」 やっぱり乙幡はかっこいい。自分より遠くを見ていると悠は感じる。 きっと、工場からここに来るまでの間、ずっと何か考えていたのだろう。彼の中にはまた新しいものが生まれているのだろうか。これが彼の言うプランなのかもしれない。 「エドが前に言ってた、家具は使う人が気持ちよく過ごすのを助ける役割があるって事、わかる気がした。今日、あの工場に行ってみて…」 「そうだな…悠、そろそろ出る?」 「そうですね。とりあえずキスして欲しい。エディ…」 ギュッと抱きしめられ痛いくらいキスをされた。

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