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第34話

新しいラフ画を提出した翌日から巻き返しするために、関係者全員がフル稼働となった。乙幡は忙しく帰宅は深夜になることもある。悠はリビングを貸りて、水城と作業をしている。 デザインの撮影もジュエの手配で順調に行い、今はパンフレット用の最終加工をしていた。パンフレットは画集のようなものを予定している。デザインは数枚なので画集といっても薄いものになるが、それでも仕上がりは画集のような感じを目指している。 「悠、アールヌーボーのゴールドフレームで、中の背景黒だよね。ソファは白で揃えるでしょ」 水城も連日続く忙しさから疲れが出ているようだった。毎日ここに通ってくれている。 「そうだね。フレームはゴールド、背景は黒、ソファは白で揃えるけど、ソファの生地はファーもある。それをどれにするかだね。ロッキングチェアもだけど」 悠は初めてラフ画以外の作業に手を出していた。水城に確認しながらやるので、少し時間もかかるが楽しいと感じる。 「しかしさ、このデザインにはゾッとするっていうか、ヒヤッとするというか…真っ赤な口紅がソファについたら、私落ち込んじゃうわ」 作業しながら水城が、乙幡と同じ感想を呟く。毛足があるファーのソファに横になる女性のデザインを水城が手がけている。これは疲れて寝てしまう私だわと笑っている。 それでも、汚しても落とせるから心配するなっていうメッセージ性は強いから売れると、水城は言っている。 「やっぱりロッキングチェアはカップルだよね。ワイン持ってキスしてる、あっこれだね。座り方がいいな、これ」 悠はロッキングチェアに構図を最終チェックしている。それは何となく、乙幡と自分を想像させるものになっていた。 「やらしいよね、それ。こんな大きいロッキングチェアも初めて見たし、なんか色気あるっていうか…」 水城が横目で悠の作業状況を確認し、リビングにあるロッキングチェアを見ながら言う。 「えっ?そう?やらしいかな…」 「いやいや、みんな好きよ、そういうの。海外ドラマみたいじゃない。憧れるっていうかさ。こんな派手なの出すジュエって流石って言われると思うよ。SNSにアップしたらヤバそうだよね」 『ヤバそう』とジュエの社員も皆口々に言っていると聞く。よくわからないが、話題になりそうということらしい。 「それとさ…乙幡さんっていつもあんな感じなの?」 「あんな感じって?どんな?」 悠は質問されている内容がわからなかった。あんなとはどんなだろうと。 「乙幡さんってさ、仕事してる時は厳しいこと言うからみんな大変そうなのよ。 和真との話し合いの時だってさ、金?そんなものはただのツールだ、なんて超クールにカッコよく言ってたじゃない。だけど悠の前ではさ、違うじゃない?社長があんな猫撫で声出してるの想像つかないだろうな、みんな」 「猫撫で声って…そうかな…変わらないよ?同じだと思うけど」 「いやいやいや…悠、しっかり見てよ。でもまあ、最初から悠には釘付けって感じだったからな。優しい?優しくされてる?」 「えっ…う、ん。まぁそうだね」 「そっか、優しいか、いいなあ。羨ましい。私も優しくて、カッコよくて、包容力ある彼氏が欲しい」 「へっ?彼氏?」 「は?何、びっくりしてんの。彼氏でしょ乙幡さん。付き合ってんでしょ」 水城に言われて驚いた。乙幡と付き合っていることは知っているそうだ。そういえばそんな会話したことがないが、恋人同士ということはみんな知っているのだろうか。 「水城ちゃん、何で知ってた?わかるものなのかな、付き合ってるって」 自分の態度がわかりやすくなっているかもと、悠は慌ててしまう。 「わかりやすいのは悠じゃなくて、乙幡さんの方。仕事中はめっちゃ厳しいんだけど、プライベートは充実してるから、最近は機嫌いいってみんな言ってたし。パートナーと一緒に住んでるって、乙幡さんがオープンにしてるから、多分、近い人はみんな知ってると思うよ」 「えーっ!じゃあ長谷川さんも?」 「長谷川さんなんて、知ってるに決まってるじゃない。乙幡さんから惚気られてばかりだって言ってたもん」 恥ずかしいが、知っていてもそんな大きな問題ではないようである。男同士だからといって何か特別なことはないらしい。それに水城には知っていてもらいたかったので、よかったと悠は思っていた 「さあ、やっちゃおう。和真びっくりするねこんな凄いの出されたら。悔しくて寝られないんじゃない?ざまあみろだ」 水城も楽しそうに仕事を進めている。 _______________ アメリカから送ってきた展示会用のソファを、悠のデザインに合わせ生地を張り替えるように指示している。 毛足の長いファーのポッシュ生地に替えただけで、イメージがぐっと変わった。女性が座ると可愛らしい感じになり、男性が座ると夜のイメージにもなる。これを悠が最終的な指示を出し、目を引くデザインを作り出し、展示会用パンフレットに入れている。 ロッキングチェアもポッシュシリーズに加えることにした。こちらも生地を張り替えてるようなった。 いずれの作業もあの工場にお願いしていた。悠と見学に行き、ロッキングチェアを二人で座ってみせたあの工場だった。 古い職人達と若者達とで協力してくれていたと聞く。久しぶりの大きな仕事に活気が戻り、皆やる気があるようだ。 予定より早く仕上げてくれた。 展示会は二日間開催される。その日に当てて、ポッシュシリーズの広告デザインをあらゆるところに打ち出すと、乙幡は決めていた。 銀座、青山、六本木など首都圏駅の構内にジュエの広告をディスプレイするように手配をしている。美術館の絵画と同様の美しさを持つ今回のジュエの広告が、お洒落な街に映し出されれば、世間は興味を持ち話題になるだろう。SNSでの反響も今から楽しみである。 メディアにも出る事も決めていた。以前から多く依頼があったが断り続けていた。だが今回は、乙幡自身が出ることを承諾している。 使えるものは何でも使ってやる。売られた喧嘩、上等だなと、乙幡は怒っていた。 「社長、予定より早く全て完了しそうです。今日は早めに帰宅してください。悠さんともゆっくり出来てませんよね」 「ありがとう。何とかなりそうか…よかった、皆んなよくやってくれたな」 「八雲家具も和真も驚くでしょうね。うちは広告無しで展示会に参加すると思っているでしょうから」 「Fワードが出そうだった。つうか、出てるから。あいつ許せん」 「そんな汚い英語使ったら、悠さん嫌がりますよ」 英語でぶつぶつ文句を言っていたら、長谷川に窘められたので、肩をすくめてみた。長谷川はまだ嫌な顔をしている。 「でも、まあ今はさ、新しく作り直せたからよかったけど。媒体、メディア、展示会会場の配置も、悠が作ってくれたあの広告デザインに合わせるから、180度違う感じになるし。関係者みんな大変だろうけど、よくやってくれたよな」 「ジュエに合ってる世界観ですよね。高級路線というか。新しいデザインは社内でも既に絶賛です。女性からは、お洒落だからポスターにして欲しいという声も上がっていました。展示会パンフレットもあっという間に無くなりそうですね」 「そうだろ、そうだろ。俺の悠はすごいだろ。それに可愛いし」 「早く帰ってくれませんか?」 今日は久しぶりに早く帰って、悠とご飯食べたいなと乙幡は思っていた。 後数日で展示会が始まる。

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