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第35話
「悠、いる? ただいま」
久しぶりに早く帰宅したのでワクワクしてしまう。悠はどこにいるかなと探したら、ダイニングにいるのがわかった。
塾講師の仕事中のようだった。
邪魔をしないようにと、先にシャワーを浴びてからリビングに行くと、仕事を終わらせていた悠がいた。
「エド、おかえりなさい」
乙幡を見つけると笑顔になり小走りで近づいてくる。ものすごく可愛らしい。
思わず強く抱き寄せてしまった。
「悠、会いたかった」
抱きしめながら大きく息を吸い込む。
悠の匂いが大好きだ。同じソープを使っているはずなのに、全身から悠の匂いがする。
「フフッ…今朝、会いましたよ。あ、髪が濡れたまま。ほら、こっちきて。ソファ座って待ってて」
パタパタとバスルームの方に行き、バスタオルを持ってきて髪を拭いてくれる。
じっとソファに座り、悠がやってくれることを見ている。この時間は結構好きだ
「早かったですね。今日も遅くなるかなって思ってました。よかった…」
「ん?よかったって、早く帰ってきたことが?」
早く会いたかったと思ってくれてるのかと、そのままソファに押し倒してしまう。
「あっ、そうじゃなくて…ちょっとネガティブなこと」
そうじゃない、ネガティブとは。何か不安なのだろうか。何も不安にさせていないと思っていたが違うのだろうか。乙幡は心配になった。
「ネガティブ、何…?言って、不安?」
「えっ…いやぁ、恥ずかしいんだけど」
無理矢理にでも聞き出さねばと、乙幡がしつこく問い、渋々悠は話始めた。
「この前、和君が八雲家具さんにデザインを売った日、水城ちゃんが慌てて来たでしょ。その時、乙幡さんは?って聞かれて…その慌て具合でエドに何かあったのかと思って急に不安になったことがあって…それで、」
展示会の準備やデザインをストップさせたりしていたので、あの日乙幡は悠にメッセージを送ることが出来なかった。
仕事が忙しい時は、お互いメッセージの送り合いが無いことは今までもある。だが、水城が突然来たことから乙幡の身に何かあったのではないかと心配になったと悠は言う。
温泉で何かあったか、食べ物で急に具合が悪くなったか、まさか事故に巻き込まれたのではないかとネガティブなことばかりを想像してしまうらしい。
もしもの時、自分にはいつ知らせが来るのだろう、自分はどうしたらいいのだろうと考えてしまったと言っていた。
「それと、楽しく旅行した次の日に、もしひとりで過ごしてたらと、想像するだけで寂しくて。本当は旅行でリラックスしたんだから、寂しいなんてこと考えるのが甘えてておかしいのにね。でも、忙しくても同じ家にいるってわかるだけで凄く安心できてた。これじゃ、自立も自律も出来てないから恥ずかしくて言えなかったけど…」
後ろ髪を引かれるという言葉があるらしい。それなんだろうなと乙幡は思う。
自分自身もそうだった。温泉から帰る途中に会社から呼び出しがあり、悠を家まで送った後、会社に行くかと舌打ちをした。
緊急の仕事だとわかっていても、悠と離れたくないなと、あの時も後ろ髪を引かれる思いをしたと思い出す。
「一緒に住む理由ってさ、そういうことだと思うよ。寂しいのもそう、もしもの時の心配もそう。それに、気持ちって誰にも変えることは出来ないよ、悠が甘えてるとも思わない。自律ってそんなことじゃないから。不安にならないように、これからどうするか二人で考えよう。俺、初めて人と一緒に住んだけど、悠だと楽しいと思えるよ」
「そっか、いつもありがとうエド。色々教えてくれるね。あの時、デザインを和君が売ったってわかるまでは、エドの身に何かあったかと思って不安だったけど、デザインのことだとわかって、ちょっとホッとしたんだ。勘違いしちゃった」
「えっ、悠、デザインのことより俺の方が心配だったってこと?」
「まあ、そうだね。エドが急病とかだったらどうしようって思ってたから…デザインがって話聞いて、なんだよかったエドは無事じゃん、って思ってた。勝手に心配しちゃった」
へへっと笑う悠が愛おしい。逆の立場だったらと考えると、俺もそうだなと乙幡は思う。
「悠…好きだよ」乙幡は抱きしめながら囁き、そのまま抱き抱えてベッドルームまで運ぶ。
日々愛しさが膨らんでいく。今は、でこぼこ道を二人で歩いているのかもなと、何となく考えていると悠の声が聞こえた
「エディ…ギュッとして」
ギュッどころか、キツく抱きしめてしまう。そりゃスイッチ入るだろと、乙幡は悠をベッドに沈めることにした。
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乙幡が早く帰宅してくれたので、久しぶりに二人で過ごす時間が取れた。
最近は一緒に寝起きするだけで、身体を抱き合わせる行為はしてなかった。今日は久しぶりにベッドまで運ばれて、甘い時間を過ごすことが出来たなと、すこしグッタリしながらベッドの上で悠は考えていた。
「明後日の展示会さ、悠も来るだろ?水城と一緒だっけ?」
悠を抱き寄せ、おでこにキスをしながら乙幡は言う。身体を抱き合ったの後始末を終えて乙幡もゆっくりしている。
いよいよ明後日は展示会であった。急ピッチで作り上げたが、上手くいっていると乙幡から聞いている。
「うん。水城ちゃんと一緒に行く予定。
パンフレットとか大丈夫?色々大変だったよね」
予定していたことを全て一度ストップさせ、新しいことを作り上げたのだから、スタッフも相当大変だっただろうと想像する。
「まあな、時間がなかったのは確かにあるけど。今回のことはうちの社員全員がむかついてる事だから、新しく打ち出すデザインと方向性を決めた後は早かったよ、やる事は」
和真が起こしたことは、多くの人の時間と体力を奪うことになってしまった。
悠のデザインとは違うといっても、和真の出した広告デザインのアイデアは同じものである。だからこそ、ジュエに関わる多くの人は真似されて、アイデアを奪われたことに納得ができなく、憤りを感じた。
「エド…ごめんね。こうやってコピーされてしまうことも含めて、責任がない仕事のやり方だったと本当に思うよ。言いなりになってやってた結果が、こんなことになるなんて。多くの人に迷惑をかけたと思ってる」
自分のアイデアを盗まれるより、多くの人に迷惑をかけることになったことが、申し訳なく思う。
「悠、カッコよかったぞ。これは僕のデザインでは無いって言って、そのまますぐ、あんなにすげぇデザイン考えてさ。俺、呆気に取られたっていうか、すげぇしか言葉が出なかった。でもさ、悠…和真にやられたことに対して怒ったよね」
最終的なデザインは違う。だがアイデアをコピーされ持ち出された。和真は、恥じる様子もなく、平然と自分の作品として八雲家具に売っていたのだ。
「そりゃあ…まあ、ね。最初、和君のデザインを見た時は、すごい!和君やれば出来るんだって思ったよ。それと、やっぱり自分が考えて作ったジュエ用とは違うから、自分のデザインとは思えなかったし。でもジュエのデザインどうなるのかとか、後から多くの人に迷惑かけたってわかるとジリジリと怒りが大きくなってきたっていうか…」
「だよな、この話は悠とはしてなかったけど。俺はずっとイライラしてた。悠をまた苦しめたと思うと自分にもイライラするし。でもさ、悠が静かに怒っているのがわかって、それはちょっと嬉しかったのもある。俺の前で怒ってる姿見せてくれるんだって思ってた」
乙幡は笑っているけど、少し疲れたような顔をしている。ここ数日の多忙で疲れが出てきているようだ。悠が目元を撫でてあげると嬉しそうにしていた。
「アイデアを盗まれたってわかっても、取り返す時間はないって思ったし…腹立たしくてムカついて怒ったけど、なんだ、躓いちゃったついてないなって感じ?それより躓いた分、早く新しいこと考える方が現実的でクリーンで、みんなスッキリするだろうと。でも、会社はそう上手くいかないだろうなとも思ったよ?でも、エドなら上手くやるかな?って咄嗟に思った」
あははと急に大声で乙幡が笑い出す。どうしたのか、何か思い出したのかと悠は、ぼけっと見つめてしまう。
「カッコいいな悠。タフっていうか、俺の恋人は強いな。そうか、君にとってはBad dayくらいな感じなのか。そんな日もあるくらいな?それに、俺のこと期待してくれたんだろ?凄く嬉しいよ。君には色んな面があるんだな。俺は毎日、君に魅かれていくのを感じるよ。明日からの日々も楽しみになる。仕事もプライベートも」
二人でいると、二人で話をしていると、晴れない気持ちを解決していくことがあると知る。悠にとって乙幡は、手を引っ張って歩いてくれている人、それは安心することでもある。でも、たまには逆転したい時もあると、最近感じるようになった。もう少し大人になって、隣に並んで歩けるようになりたいと思っていた。
「悠、お腹すいたろ?帰ってきてすぐベッドだもんな。俺、何か作るよ。何がいい?」
「うーん、と…クラムチャウダー缶があったから、あれ食べたいかも」
OKとベッドから降りた乙幡は、悠を抱えてリビングまで連れて行く。
鼻歌まじりにI love youと言うので、
I knowと返している。
家って居心地いいものなんだと、最近よく考えている。
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