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第40話

待機中。 悠はソファの前から動けず、テレビに釘付けである。今日は、朝の情報番組に乙幡が出演すると聞いたからだ。 今朝、乙幡は冷蔵庫の扉を開けっ放しにし、腕を組み難しい顔をしていた。 どうしたのか聞いてみると、昨日のトーフみそ汁を探していると言う。 みそ汁は冷蔵庫下の段だよと、言いながら出して温めてあげた。乙幡はマグカップでみそ汁を飲み、シャワーを浴び、シャキッとして外出した。 「いってらっしゃい」 いつものように笑顔で乙幡を見送った後、「早く!録画!」とリビングに慌てて戻り、テレビの番組表から情報番組の録画予約をした。そして今、悠はテレビの前で待機中である。 テレビに出る乙幡を見たいと言うと、嫌がられるかもしれないし、余計な事を言って疲れさせたり、負担をかけることになるかもしれないので、顔には出さないように振る舞っていたが、気がつかれていないだろうかと心配だ。 当の本人は余裕があるのか、気にしていないのか、みそ汁を飲んでいつものように出かけた。悠は何も食べられず、そわそわし緊張している。 長谷川が迎えに来て、乙幡は今、出て行ったばかりなので、すぐにはテレビに出てこないのはわかっているが、それでも見逃さずにいたいため、今からテレビの前で動けなくなる。 水城から電話がかかってきた。 「悠、おはよう」 「水城ちゃん! 録画できてるか心配」 「何、その第一声...」 何気なく録画機能を乙幡には確認したが、これで確かに予約できたか心配である。あまりしつこく言うと、代わりに予約してあげると言われそうで言えなかった。 「録画失敗したっていいじゃない。どうせ乙幡さんは見ないんでしょ?」 「いない時に僕ひとりで何回か見たいの。だから録画しておきたい」 「あっそう。じゃあ私も念のため予約しておくから」 よかった。これで自分が失敗しても水城の方で確認ができると安心する。 「悠、昨日から今朝にかけて何件か私の方にメールで問合せ入ってきているから。それを後でメール転送しておくね」 「えっ...僕に?デザインの?」 悠もこれから忙しくなるだろうから、水城にフォローをするように頼んだと昨日、乙幡に言われていたのを思い出した 連絡してきた企業と、どう打合せをするのか、連絡はどう取ればいいのかを、水城から簡単に聞く。後でもっと詳しく説明するからと言われ安心する。 自分で出来るようになるのだろうかと少し不安になるが、デザインを褒められたり、依頼や問合せがあるのは嬉しく感じる。 「そろそろ乙幡さん出るんじゃない?」 「あ、OK。また後で連絡する。水城ちゃん、ありがとう」 電話を切り、テレビに向き合う。 俳優や著名人らが、朝の情報番組に出演することが増えていると聞く。その時に話題になった人に、テレビ局はオファーをしているようだ。乙幡はジュエの社長でもあり、昨日SNSではジュエの家具が急上昇したので、今日の出演はうってつけである。 メインパーソナリティーの男性と、コメンテーターの女性、男性、アナウンサーの女性数名の番組だ。 アナウンサーより乙幡が紹介された。 乙幡は容姿端麗、見た目が良いので、出てきて早々にコメンテーター達から『イケメン』と声が上がっていた。悠も、テレビに出ている乙幡を、息を呑み見守っている。 「昨日は展示会も盛況で、駅の改札も、すごく盛り上がりましたよね。今日出演してくれて嬉しいです」 「六本木の駅でジュエの広告を見ましたよ。かっこよかったです」 アナウンサーとコメンテーターから言葉をもらっている。話題は、昨日の展示会と駅のコンコース、改札の広告だった。 「ありがとうございます」と、乙幡は笑顔で挨拶している。画面越しでもカッコいいと悠は見惚れる。 「昨日、今日と展示会ですよね。展示会は一般客は入れないんですか?こんなに話題になってるので、僕たちも見てみたいですよ。ねえ」 パーソナリティの男性が、コメンテーター達に聞くと、「本当、本当」と画面の中の人たちが頷いている。 「そうなんですよね。今回の展示会は企業向けなので一般の方は入れないのですが、昨日から問合せを多くいただいているので、急遽、明日から一般の方向けにショールームで同じものを展示することにしました。ショールームは、うちの会社の一階にあるので、ぜひ遊びにきてください」 乙幡がショールームの話をすると画面にショールームの場所が文字で出てきた。 昨日の展示会の様子も映像で流れ始め、多くの人がジュエの家具と一緒に写真を撮っている姿が映っている。 「ソファはくつろぐための場所ですから、ストレスを感じないソファを選びたいですよね」など、乙幡はジュエをアピールしている。 「展示会もショールームも写真撮ってOK?」とコメンテーターが乙幡に聞き、「OKですよ」と答えている声が、画面から聞こえてくる。 「パンフレットもあります?駅に出てたやつですよね。あれ欲しい」 「ショールームにパンフレット置きますよ。是非もらって下さい。今回のデザインいいでしょ」 「あのパンフレットのデザイナーの方って、木又さんですか?あの木又和真さん?」 「木又悠さんです。和真さんではないですね。悠さんを口説いてやっとです。カッコいいデザインにしてもらった」 乙幡が、さり気なく悠のデザインにも触れた会話をし、笑顔で答えている。 「あ、あの椅子カッコいい!」 若いコメンテーターの女性が、画面に映ったロッキングチェアを指さして声を上げた。 「あれね、カッコいいでしょ。ロッキングチェアなんです。私の家にもあります。このシリーズは、汚れてもすぐ落ちるのが特徴だから、どこにでも置けますよ」 ロッキングチェアなの? それって古民家とかにあるやつ?と全員がざわついているのがわかる。 二人で座ってるロッキングチェア映像が流れると、「見て、おしゃれ!」「海外ドラマに出てくるみたい!」と、全員が一斉に声を上げ、更に欲しいと話始めた。 「凄くおしゃれな椅子だね。こんなおしゃれな椅子、俺は似合わないよ絶対!社長だから似合うんだよ」 メインパーソナリティーの男性が笑いを誘うことを言い、皆で笑っている。 「ロッキングチェアで映画とかテレビ見てるよ。この家具って汚れを落とせるから、ここでワイン飲んだりしても大丈夫だし。気持ちよくてそのまま寝ちゃう時もあるけど」 そう乙幡が言うと、「社長と一緒ならいいけどぉ」とか、「ここでワイン飲んだら幸せ」など、更に画面の向こうではまだ笑い合っていて、楽しそうである。 「社長はこの椅子で、そんな感じで映画見たりしてるの?おしゃれだよね。朝からすごいご飯食べてそう。いつも何食べてるんですか?フレンチとか?」 セレブだから、生活もおしゃれなはずだと、話題は家具からそっちの方に流れてしまう。 「今朝は、みそ汁飲んできたよ。トーフのやつ」 「ええっ」と全員が驚いている。 「社長の口から豆腐の味噌汁って言葉が出るとは思わなかった。意外ですね、なんか急に親近感湧くな」 「昨日の夜に作ってもらったみそ汁が、今朝もあるかなって冷蔵庫の中探したらあったので、ラッキーと思って…そしたら温めてカップに入れてくれた」 ジェスチャー交えて乙幡が答えた。 「ええ!それって恋人?ですよね。いるの?恋人?結婚してます?」 「いますよ、恋人。生涯のパートナーです。いっしょに住んでますよ」 あっけらかんと答える乙幡に、そばにいるコメンテーターの女性達が、黄色い声を上げている。 「どんな人?」「こんなイケメンつかまえていいなあ」と一斉に喋り出しているところで、コマーシャルに切り替わってしまった。 悠はテレビに釘付けだったので、力が入っていたようだ。ふぅっと深呼吸したがまだ力が抜けない。 テレビに映る乙幡は、社長の顔をしていた。会社の代表であり、大切な商品と会社をアピールしている姿はカッコよかった。隙がなく力強さを感じ、ぞくっとするほど男らしかった。 コマーシャルが終わりまた、テレビではスタジオに画面が切り替わった。画面の中の皆が、騒ついてるのがわかる。 「コマーシャル中に社長が、惚気発言したんですけど。言っちゃダメですよね?」 笑いながらパーソナリティの男性が乙幡に聞いている。周りの人達もケラケラと笑っている。 「ダメ。怒られちゃう」 乙幡が茶目っ気たっぷりに言った。 「いやぁ、社長。俺、ファンになりました。ちょっと似てるとこあると思ったよ社長と。男はそうでなくちゃね!」 そう言うパーソナリティの男性に、「似てないよ」と周りから声がかかる。 乙幡は「ありがとう」と、笑いながら男性に言っていた。 「明日から、ショールーム行ってください。みなさん、あのロッキングチェアが見れますよ」 アナウンサーが言い、ここで乙幡の出演は終了した。悠はテレビを見ていて呆然となった。 (カッコいい!テレビで見てもカッコよかった!) 昼に乙幡が帰ってくると言っていた。 その間にもう一度見ようと、録画を探す。無事に録画されてるのを確認して、ホッとした。 繰り返し何度か見ることができて、満足したが、テレビに映し出された乙幡に見惚れてしまい、テレビの乙幡を携帯で数枚写真に撮ったりした。 (これ、待ち受けにしていいかな…) それよりもいい写真は他にあるはずなのに、悠はテレビに映った乙幡の写真を携帯の待ち受けにして満足していた。

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