「見てください。素敵ですよね」 「うん、いいな。ジュエの世界観と合ってるって色んな人に言われたよ」 悠が手がけた広告デザインが、銀座の駅構内に展開していた。昨日からの宣伝もあり、写真を撮っている人を多く見かける。 銀座駅は、黒を基調としたシックなつくりに新しくなったため、今回のようなデザインが映える。週末には更に写真撮影する人が増えるだろう。 朝の情報番組出演をしたので、乙幡を振り返って見る人がチラホラいる。 悠とのデートを楽しんでいるのにと、乙幡は内心舌打ちをしていた。 悠はブレないようにと真剣に写真撮影をしていた。必死な姿も、かわいらしい。 和真にデザインのアイデアを取られ、悠が新しくこのデザインを生み出したのが遠い過去のような気もする。 あの件があったから、ジュエの社員は展示会、新商品発売に向けてめちゃくちゃなスケジュールの中やり遂げていた。 長谷川も、乙幡のメディア露出を最大限ブッキングしてきた。広告の打ち出しや、展示会ブースの変更など、思い出せば本当にたくさんの人が動き、作り出した結果だなと、駅の改札デザインを眺めながら乙幡は考えていた。 動いた人、考えた人、関わる人達全ての人の思いを、無駄にしてはいけない。乙幡はそう考えていた。 「行きますか、展示会に」 「そうだな」 ゆっくり歩いて行ってみようかと、話がながら歩く。悠と隣に並んで歩くのは久しぶりだなと気がつく。悠のつむじも何だか嬉しそうに見える。 展示会のジュエのブースは、想像以上の人だかりであった。写真撮影OKとしていたが、あまりに多くの人達が並んでしまい、会場側から急遽撮影中止と、お願いされてしまった。 会場スタッフからは、パンフレットも在庫切れとなったと報告を受けた。 「仕方ないな。明日からのショールームの方で何とかしよう。次の計画は問題ないんだろ？」 乙幡は、ブース責任者に確認し伝えた。展示会も、もうすぐ終了するので、少し早いがこれも想定内だ。それに、本社からは、かなりの契約がまとまってるという話も聞いている。展示会は成功したと言っていいだろう。 ブースデザインの瀬戸と悠が話しているのが見える。近づくと瀬戸から挨拶をされた。 「乙幡社長、大盛況ですね」 「瀬戸さん、急な変更にも対応していただき、本当にありがとうございました」 瀬戸に挨拶した後、悠の方を向き直ると、何ともいえない顔をしていた。 「どうした？悠」 瀬戸が間に入り、ニコニコとしながら乙幡に話始めた。 「木又さんのデザインが非常に反響があって、私の事務所に連絡が多く入ってきています。なので、私を通して木又さんに紹介しようと話していたところなんです」 やはり、悠のデザインは人気が出てきたということかと乙幡は頷く。 「悠、良かったね。瀬戸さんからの紹介なら安心だ」 はい、ありがとうございますと悠は、はっきりと瀬戸に伝えていた。 「とりあえず、後でメール送っておくから、必要であれば私も入って打ち合わせするから。連絡するね」 そう言って瀬戸も忙しそうに去って行った。 「瀬戸さんは信用出来る人だから大丈夫だよ」 「何だか大変なことになってきたかもしれません」 「とりあえず帰ろうか」と、展示会を後にする。帰る時に、八雲家具のブース前を通ったが、乙幡は特に気にならず帰ることに夢中になっていたが、和真は来ていたのだろうかと、後から考えた。 和真は今の悠を、見ていたのかもしれない。悠の名前が売れてしまった以上、和真は悠を使うことは二度と出来ないだろう。悠にとっては良かったことだが、和真はどうだろう。 まあいいかと考えを止め、早く家に帰ろうと乙幡は悠を急かしていた。 ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ 展示会から帰ってきて早々夕方から塾講師の仕事としてオンライン授業がある。 スタンバイしなくちゃと思っているのだが、デザインの仕事の依頼が思いの外、多く入ってきているのでメール返信に追われてしまっている。 「悠、こっちでタブレット立ち上げとくよ。ゆっくりでいいから」 乙幡が代わりにオンラインのセッティングをしてくれていた。 「ごめん、すぐ行く」 何とか時間前にスタンバイし、生徒とオンラインで無事に繋ぐことができた。 「あ、藤本さん。繋がった？」 「先生！今日、テレビ見たよ！あの人、ルームメイトじゃなくて、先生の彼氏だったの？」 藤本はいつも悠のオンライン授業を受けている生徒だ。以前、カメラの向きを間違えていて乙幡に直してもらった時に、会話したことがあり、それから数回、画面越しに乙幡と挨拶をし合う仲であった。それで覚えていたのだろう。 悠は、どう答えればいいか分からず黙り込んでいたところ、乙幡が悠の後ろから画面の藤本に向かい「HI」と手を振っている。 「HI！ジュエの社長でしょ？今朝テレビに出てたの見た！私もあの広告、駅で見たよ、カッコいいね」 「ありがとう」と、乙幡が答えている。 「先生、イケメンの彼氏いいね！羨ましい、優しそうだし。テレビでナチュラルに惚気てたじゃん」 「それもありがとう！」と、乙幡が答え手を振っている。 「もう、いいから。授業始めるよ、エドもリビング行ってて」 はーいと、藤本も乙幡も同時に返事をしていた。こんな時、慌てずに返せるようになりたい。乙幡はいつも落ち着いていると思う。臨機応変って難しい。 授業を終えてリビングに行くと、乙幡はソファで寝ていた。疲れているんだろうなと、ブランケットをかけてあげるが、気配で起きることもなく寝ている。 メールを確認すると、水城と瀬戸からそれぞれから紹介された仕事の内容と、打ち合わせ日などが細かく書いてあった。明日からデザイン関係の打ち合わせの予定が多く入ることになる。塾講師の仕事と両立させるには、細かいスケジュール調整が必要だった。 悠が、パソコンに向かいスケジュールを組み立てているうちに数時間経ってしまった。ソファで寝ていた乙幡が起きてきた。 「エド、疲れたでしょ。ベッドで寝れば？」 乙幡の髪を撫でて悠は言うが、 「悠も一緒にベッド行くならいいよ」 と答えが返ってくる。 ただ、そうは言っても疲れているようで、乙幡は、ソファから中々起き上がってこない。 「瀬戸さんと水城ちゃんから連絡があって、明日から色々始まりそう。塾の仕事もあるし、スケジュール調整しないと。もう少しかかりそうだから…」 先に言っててと言う。 キスをされ、わかったと言いながら乙幡は寝室に向かった。 新しいことを始めるのに、悠はワクワクしていた。身体から力が湧いてくるのがわかる。この後、深夜まで考えをまとめていた。