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第45話
「サンディエゴのホテル・グラデルを予約したから、そこで過ごそう」とニューヨークにいる乙幡からメッセージが入った。
悠は今日これからアメリカに向けて出発をする。海外での仕事は初めてだ。少し緊張しているが、それより楽しみの方が上回っている。
日本からサンディエゴに入り、その翌日にロサンゼルスに移動するスケジュールとなる。
瀬戸とロサンゼルスで待ち合わせをしているが、その前に急遽サンディエゴでエージェントと打ち合わせが入ったので、悠ひとりで出向き、そこで一泊することにした。
サンディエゴには午後13時前に到着する予定だ。その足で、エージェントに会いに行き、その日は夕方前には仕事が終わると、乙幡に伝えたら、ニューヨークからサンディエゴまで会いに行く、そこで落ち合おうと言われた。
ニューヨークから日本に帰る予定の乙幡が、悠とすれ違いを避けるため、無理矢理でも会いに行きたいと言うのだ。
日本の家に帰ればいつでも会えるのにと言うと、二人時間が合うのはサンディエゴの夕方から翌日までだろ?と言い、さっさと宿泊先を押さえていた。
乙幡もニューヨークで忙しいようなので、メッセージでのやりとりだけになっているが、相変わらずお互い『好き』のスタンプは送り合ったりしていた。
予定通りに悠を乗せたフライトは到着できた。仕事も無事終了したので、乙幡が予約しているホテルへと向かう。乙幡も夕方前には到着すると言っていたが、どっちが先に到着するだろうかと、久しぶりの待ち合わせに悠はドキドキしている。
空港近くにあるホテル・グラデルは、ゴージャスな雰囲気のホテルだった。
(高級ホテルだ…高そう…)
チェックインする際に、乙幡の名前で予約していると伝えたが、予約は入っていないと返されてしまった。
「ホテル・グラデルはここだけですよね?エドワード乙幡でありませんか?確か、メッセージも伝えてあるって言ってましたけど…」
「グラデルは確かに、ここだけですが…本日でご予約はいただいておりません」
あれ?おかしいなと、悠が悩んでいるとフロントデスクの人より声がかかる。
「予約は入っていないのですが、本日の宿泊先をお探しのようでしたら、部屋は空いているので準備することはできます。いかがいたしますか?」
よかった。部屋は空いていたと、悠は喜びすぐに手配してくださいと伝えた。
もしかしたら乙幡は秘書の名前で予約をしていていたのかもしれない。とにかく、ここで会えるのだから、滞在できれるとわかれば安心する。
(よくわかんないけど、部屋が空いててよかった。エドにメッセージ入れておかないと…)
部屋に入りバルコニーに出ると、そこから海が見えた。とても気持ちがいい。
(ビュープライス高かったもんな…)
海を見ていると色々なことを思い出す。父が亡くなり、母も数年前に亡くなった。何とか和真と二人で生活していこうとしていたところに、和真のデザインの仕事が当たり、金銭面での心配は無くなった。
だが、今度は和真の不正な事が浮き彫りになり、多くの人を傷つけ、時間と体力を無駄に使ってしまう結果になった。
それでも、乙幡は最初からずっと悠に寄り添い、正しく導いてくれていた。憧れであり尊敬する人である。そして、愛する人であった。
デザインの仕事が軌道に乗り始めており、塾の仕事との両立が難しくなってきていた。担当している生徒の受験が終わったら塾講師の仕事は辞めようと考えている。それは乙幡からも言われていた事だった。
仕事に責任を持つということは、その仕事を全うしろということではない。責任を持って止めることも、仕事のひとつだと乙幡が教えてくれた。
乙幡が到着するまで待つつもりが、そんなことを色々と思い出しているうちにベッドに横になり寝てしまっていた。波の音が聞こえて気持ちよかった。
ハッとして目が覚める。携帯の時計を見ると夜、19時だった。
まだ乙幡は来ていなく、連絡も入っていない。どうしたのかと思ったのと同時に、メッセージを入れていなかったことに気がついた。
『エドの名前で宿泊確認できなかったから、同じところに宿泊取ったよ。今そこにいるよ』とメッセージと部屋の写真を撮って送った。
すぐに乙幡から電話がかかってきた。
「悠、到着するのは明日だろ?」
少し慌てているような声だ。
「今日だよ。今サンディエゴのホテル・グラデルにいるよ」
と言ったが乙幡の返事はない。
あれ?と思い自分が送ったメッセージを見直していると携帯から乙幡の声が聞こえてきた。
「悠…日付間違えた?もしかして、日本時間で伝えた?」
自分のスケジュールとメッセージの内容を見て日付を間違えて伝えたことが判明した。日本から出発したので、ずっと日本時間で考えて乙幡に伝えていた事がわかった。時差を考えていなかった。
日本は サンディエゴ より 16 時間進んでいる。そのため、悠が乙幡にサンディエゴに到着すると伝えている日は、アメリカでは明日ということになる。
「ヤバい…間違えました。ごめんなさい」
電話の向こうで大きな笑い声が聞こえた。乙幡が笑っていた。
「悠、最近俺に似てきたな。ヤバいって言葉使うようになって」
「えっ?そこ?間違えたことは?」
「それも面白いけどさ…なんだよ…気が抜けちゃった。間違えたことは仕方ない。仕事じゃなくてよかったな。時差ってやっかいだよな」
「本当にごめん。何やってんだろう。せっかく会えると思ったのに」
会えると思ってワクワクしていたのに、自分の致命的なミスでその機会を無くしてしまった。しゅんと落ち込んでしまう悠に、「ちょっと待ってて、すぐに折り返しするから」と乙幡は言い電話が切れてしまった。忙しいところを無理させてばかりだ。更に追い打ちをかけるように落ち込んでしまう。
乙幡から再度電話がかかってきた。
「残念。確認したけど、最終フライトは出ちゃった。ごめんな、もうちょい早く俺から連絡すればよかったな」
ニューヨーク は サンディエゴ より 3 時間進んでいる。乙幡がいるところは今、22時だ。
自分が悪いのに時差に八つ当たりをしそうだと言う悠に、乙幡は更に大きな声で笑う。
「俺も会いたいよ、悠。だから明日の早朝フライトでそっち行くよ。えーっとね、朝10時前にサンディエゴ到着だって。悠は14時のフライトでロサンゼルス行くだろ?だから…4時間弱は会えることになるかな」
「本当に?明日?会えるの?」
「ああ、もう日付を超える時差は無いから安心しろよ。絶対会えるから」
乙幡はまだ笑っている。こんなに楽しいのは久しぶりだと言っている。そのままたわいもない話を2時間続けてしまった
「それじゃあ明日、空港に行くね」
「携帯充電しておいて、寝坊もしないように。乗る前にメッセージ入れておく。あと、着いたらすぐ連絡するから」
「わかりました。もう大丈夫です…」
じゃあね、と電話を切る前に「あっ」と声を出してしまった。
「ん?何?どうした?」
耳元で乙幡の声が聞こえる。明日会えるのに、名残惜しくなる。
「I miss you…エディ…」
通話が切れてしまうのが寂しくなり、思わず伝えてしまったが、なんてことを口走ってしまったんだと恥ずかしくなる。
最近すれ違っていたから、今日会えなくなり余計に寂しく感じていた。
乙幡の声が聞こえない。もう電話は切れてしまったのかもなと思っていたところに声が聞こえてきた。
「おい…最後にそんなかわいいこと言うなよ」と言う乙幡の声が聞こえた。
「じゃあ明日ね」と言う悠に、
「I miss you too」と乙幡は言ってくれた。
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