55 / 61
第55話
日本には四季がある。
美しいと感じる。
四季によって食べ物も変わると聞いた。そんな繊細なことがあるのかと知り驚く。日本に長く住んでいるのに、今まで気にしたことがなかった。それでも、悠と過ごしていると色々と感じることがあり楽しい。
それと、寒さから少しずつ暖かくなっていく季節が好きだ。日本は春から新しい生活が始まるというのもわかる気がしている。
「そろそろ新しいシリーズの打ち合わせとなります。データで送ってある資料を確認しておいてください」
長谷川が忙しそうに報告する。ジュエも軌道に乗り、海外からの依頼が多くなってきていた。新しい家具のシリーズを作り、また販売していくことになる。
「今度は、あれだろ?リゾート方面の需要を考えてるシリーズだろ?それと、クルーズの展開か」
「そうですね。リゾート向けのシリーズは多くのパターンが出来そうです。クルーズの方はもうちょっと早く話しがまとまりそうです」
あれから何度も悠は、海外に打ち合わせに出かけていた。日本よりも海外の方が悠を求めている声を多く聞くようになった。
すれ違いだなんて言っていた最初の頃から比べてはるかに二人は強くなったと思う。
お互い忙しく、海外にもそれぞれの日程で行くようになったが、家に帰れなくても毎日連絡は取れるし、帰ってくる場所は同じだということが、安心する材料なんだと思う。
「悠さんも忙しそうですね。そろそろ決めなくてはなりませんね」
「まあ、そうだな」そう言って大きく伸びをした。何を話していてもニヤニヤとしてしまう。昨日の悠もかわいかった。
「相変わらず、ニヤけてますね。その辺は変わらないんですね。悠さんに、しつこいって言われませんか?」
「お前さ…ずっと思ってたけど、俺の家の中にカメラとか取り付けてない?」
ものすごく嫌な顔をして長谷川は乙幡を見ていた。
_______________
今日からの週末はまた悠が出張で家にいない。ひとりだと何でも適当になってしまうなと考えながら、コンビニのビニール袋をぶら下げた乙幡はインターフォンを押していた。
「…また?最近、頻繁じゃない?」
インターフォン越しに男のため息混じりの声が聞こえる。
「早く開けろよ」
玄関から木又和真が顔出した。ドアが開くとズカズカと入り込み、真っ直ぐキッチンまで向かう。
最近は、この家の勝手もわかってきており、どこに何があるかも大体わかっているようになった。
キッチンでは何か作ってる途中のようだった。
「えーっ、今日はうどんの作り方を教えろって言っといたじゃねえかよ!何作ってんだよ」
「何でいつもそんなに勝手なの?俺が何作ってもいいじゃん」
和真のプクッと膨れる横っ面は、少しだけ悠に似ている。血は繋がっていないが、少し似ているところがあると、これも最近わかってきたことだった。
ビールを開けてキッチンに立つ。ビールを一本和真に渡すと、素直に受け取って開けている。何を作っているかと聞くと、お好み焼きだと言う。それは乙幡があまり食べたことがないものだった。
「この箱の中にある粉と、卵と水を一緒に入れるんだな。パンケーキみたいなやつか?ふんふん、そんで、豚肉?焼く?」
箱に書いてある作り方を読み、乙幡がひとりで納得していると、横から和真が乙幡の顔を覗き込む。
「日本語読めるの?」
「お前、俺のこと何だと思ってんだよ。うどんも作れよな。買ってきたから」
コンビニでうどん麺を買って、冷蔵庫に入れておいた。和真曰く、うどんはインスタントのうどんスープの粉をお湯に入れ、その中に麺を入れればいいだけだから簡単だと言うが、それしか作り方は知らないからなと、ブツブツ文句を言っている。
簡単ならすぐ作り方教えろと言うと、和真はまたプクッと膨れるので、おかしくて笑ってしまった。
「悠がこの前、日本に帰国するとうどんが食べたくなるって言ってたんだよ。だから俺は、うどんの作り方をマスターして、悠にサプライズするんだ。愛だろ?」
そう乙幡が言うと、和真は嫌そうな顔をしている。
だが、和真は素直にうどんも作り始めた。隣で乙幡はビールを飲みながら部屋の中を見渡した。
キッチンからリビングが見える。何となく前回来た時より、散らかっているような印象だった。
「最近何やったんだ?」二本目のビールを開けて乙幡は和真に尋ねた。
「乙幡さんに言われた通りに、ディレクターの仕事を始めた。クライアントと打ち合わせして、スケジュール決めてさ…その仕事に合うデザイナーに頼んでデザイン作ってもらって、その全体をまとめたりしてる。ちゃんと、デザインした人の名前をデザイナーにしてやってるよ。俺の名前は出してないし…仕事の依頼者もデザイナーも若手が多くってさ、大きなお金にはならないけど、何とかやってるよ。それに夜も寝られるようになってきた」
「へえ…」
「ファッションイベントのデザインとかやったよ。規模は小さいけどね」と、ボソボソと和真が告白している。今までの功績は捨てて、一から出直しているという。和真も前に進んでいるようだった。
お好み焼きとうどんが同時に出来たようだった。また皿を取ってくれというので、うさぎの皿を取って渡してやった。
「あと少しで、うーちゃん皿がもう一皿貰えるんだ」と、乙幡が皿をみて言う。
「なんだよ、うーちゃん皿って」
「これだろ?うさぎのうーちゃん。一皿ゲット出来たから、悠にこの皿プレゼントしたんだ。そしたら、うーちゃんだ!ってすっごい喜んでさ、ポイント貯めたかいがあったよ。一皿貰ったから、今はもう一皿分のポイントを集めてる途中だ」
胸を張って乙幡がそう言うと、和真はゲラゲラと笑い出した。何を笑うんだとムッとして、乙幡は和真の尻を蹴飛ばした。
お好み焼きには、ソースの上にマヨネーズがかかっていて、いい匂いがしている。
「お好み焼きって一度食べたことあると思うんだけど、こんなじゃなかったぞ。これ、美味いな。お前、ディレクターやめてお好み焼き屋やればいいのに」
和真が作ったお好み焼きとうどんを食べる。お好み焼きは一皿分しかなかったが、ほぼ乙幡が食べてしまい、和真が文句を言っていた。今度来る時は、お好み焼きの箱も買ってこようと思う。
その時は悠も一緒だなとも思っている。
和真と数回食事を共にし、意味のない会話を繰り返したことで、わかったことがあった。それは、和真は悠を道具として使おうとはしていなかったことだった。
「お前さ、わかりにくいんだよ。結局、ブラコンだろ?悠が大好きなんだもんな」
「だって、俺が金持ちになれば、悠は楽が出来るかと思って…仕事しなくてもいいし、家にいて好きなことしてくれればいいと思ったのに…乙幡さんクラスの金持ちにならないとダメなのかな」
「アホか。そんなの悠は悲しくなるだけじゃねえか。よく考えろよ、自分自身に希望がないと生きていて張り合いがないだろ?
お前も今回のことでよくわかっただろ」
和真は金で解決できないことだというのは痛いほどわかっているはずだ。だから今は有名デザイナーという名前を捨てて、一から出直している。
「わかってるよ…悠だって乙幡さんに取られちゃったんだし。結局、俺には何も残らなかったもん。悠、何で乙幡さんがいいんだろう。こんなに失礼な人なのに」
「お前…また、ケツにキックするぞ」
「ほら!失礼な上に乱暴じゃん!」
さてと、と立ち上がり玄関まで行く。
いつものように和真も玄関まで着いてくる。
「次は悠を連れてくる。だけど、連れてくるってことはわかってるよな?」
「あーそういうこと…決まったの?」
「うん、まあ、そうだな。そろそろかな」
ふーんと言う和真を見ると少し寂しそうにしていた。
「お兄ちゃんが帰るのが寂しいのか?」
「もう、早く帰れよ」
ドアをバタンと閉められて鍵をかけられてしまった。また今日もうどんの写真を撮り忘れたなと考える。和真の所に来てはご飯を食べているが、毎回写真を撮るのを忘れてしまう。だから今日も『好き』というスタンプを悠に送っておいた。
ともだちにシェアしよう!