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第57話
ホテルから乗ったタクシーは、コンビニの前で停車した。乙幡は慣れたようにコンビニに入り、買い物カゴに色々と商品を入れている。
「何飲む?お酒にする?それともジュースがいい?」
乙幡からコンビニで飲み物のリクエストを聞かれるのは意外で悠は驚いた。
「えっ?う…ん、じゃあビールにしようかな」
何となくカゴの中に入ってる物と同じビールを指差して選んだ。
その他にも購入したものはたくさんあり、二人共両手にビニール袋をぶら下げることになった。
「悠!ほら、ここ覚えてる?初めて会った所だよ」
乙幡が嬉しそうな声を上げる。視線の先を見ると喫茶店があった。水城の知り合いという外人の『エド』に初めて会った場所だった。自動ドアではなく、手で押してドアをあけるとカランコロンと鳴るベルが、かわいらしかった。
「懐かしい!覚えてるよ。エドのこと最初はちょっと怖い人かなって思ったけど、毎日メッセージ交換してから急激に仲良くなったよね」
「悠に俺のことを紹介するのに、こすぷれ?の知り合いの外人ってことにするって、水城が変な設定してさ。でもどうしても悠と知り合いたかったから、俺は何でもいいからやってくれって頼んだんだ。それと、水城には長谷川の写真を送るからって言ったら、すぐに悠と会うセッティングしてくれたよ」
そんな事があったのか、ずいぶん昔のような気もする。毎日毎日メッセージでやり取りしていたのが楽しかった。あの日々があったから、何があっても乙幡のことは信頼していたのだった。
「来たぞ」
玄関のインターフォンを乙幡が押し、伝えている。
「開いてるから」
インターフォン越しに男の声が聞こえた。
乙幡に続いて悠も玄関から入る。久しぶりだった。最後にここを出た時とあまり変わっていない気がする。変わらず生活しているんだなと感じる。
キッチンまで乙幡が入り込むので、悠も後に続いて入っていった。
「おい、あれ作れよ。買ってきたから」
「もう作ってるよ。冷蔵庫に入れてあるから…何買ってきたの?また違うやつじゃんこれ!いつもそうだよ、なんで間違うの」
和真がプクッと膨れて乙幡に文句を言っている姿があった。
「和君、久しぶり。元気だった?」
悠が和真に声をかけた。あれ以来、和真には会っていなかった。心配はしていたが、水城からは和真の近況報告は聞いていた。
久しぶりの和真は元気そうで安心した。
「悠…元気…だよね?さっきのテレビも見たよ!すごいね、今回の受賞。おめでとう」
照れくさそうに和真が悠に言う。素直におめでとうと言う言葉をもらい悠は嬉しくなる。
「和君!ありがとう!嬉しい」
悠がキッチンにいる和真に歩み寄るが、乙幡がすかさず間に入ってくる。
「悠は、ここ座って見てていいよ。ご飯すぐ作るからね。何か飲む?ビールでいい?お腹すいた?ちょっとだけ待っててね」
乙幡に促され、キッチンの前にあるテーブルに着席した。
「すぐ作るって、俺が作るんじゃん!自分は何もしないくせに」
「俺が作るとお前文句言うだろ」
文句を言いあいながらも、乙幡がビールを開けて飲み、和真にもビール一本を渡して受け取っている姿が見られた。いつの間にこの二人はこんな関係になっていたんだろうと、悠は不思議に思う。
「エド、何で和君とそんなに仲がいいの?二人はいつからそんなになったの?」
「えっ?」と乙幡は悠から質問されて、ぽかんとした顔をしているが、和真が隣で「この人いつも勝手に来てるんだ」と振り向いて言っていた。
悠が知らない間に乙幡と和真は話し合いでもしたのだろうか。文句を言いながらも二人でキッチンに入ってる後ろ姿が、何となく微笑ましい。
部屋の中を見渡すと、フライヤーのようなペーパーがたくさん山積みになっていた。
「和君、今何してるの?」
悠に聞かれるが、和真は何か言いにくそうにしている。
「ほら、悠が聞いてるから答えろよ」
乙幡がそう言い、和真の尻を膝でこづいている。
「なんだよ!もう…悠、なんでこんな人がいいの?自分勝手でわがままだよ?」
乙幡を指差して和真が悠に問いただす。
「えっえっ、なんで?和君も知ってるの?エドとお付き合いしてること」
真っ赤になって悠が答えると、和真が嫌な顔をしながら肩を落としていた。
「なっ?だから俺のこと、お兄ちゃんって呼べって言ったろ?」
乙幡が嬉しそうに言いながら、和真の肩を抱いてビールを飲み干している。
「悠、和真は今、ディレクターの仕事してんだって。なっ?この前もイベントやってたもんな?」
冷蔵庫からもう一本ビールを取り出して乙幡が言うと、それに続き和真がボソボソと話し出した。
ディレクターの仕事もしているが、才能あるデザイナーを育てることもしているという。小さなイベントの広告デザインを手伝ったりして生活しているそうだ。ちゃんと、デザインした人の名前を出して仕事してるよと、言っていた。
デザイナーだった頃と比べて、やりたい事が出来るようになったし、人に迷惑もかけてないよとも言っている。
「悠が言ってた責任ってやつを考えたよ。だから…ごめんね…悠。謝りたいと思ってた。いっぱいひどい事したと思う。今ならわかるよ」
和真は悠に背を向けたままそう告白した。
ばつが悪そうにしているが、離れている間に和真も自分と向き合って、考えていたんだなと悠は胸が熱くなる。
「和君、良かった。ずっと心配だったんだよ。離れていても兄弟だし…どうしてるかなってさ。本当によかった…」
悠がちょっと涙ぐんでしまうと、すかさず乙幡がそばに来て抱きしめてくれた。
「うざいから、離れろよ…」うんざりした顔で和真が乙幡を見ている。
「お前、またケツにキックな」そんな和真に乙幡が答えていた。
二人のやり取りがおかしくなり、悠は吹き出してしまった。いつからこんな関係になっていたのか問いたださなければと思う。
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