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第29話

 文維(ぶんい)の言葉に、恭安楽(きょう・あんらく)は呆れたように口を出す。 「文維…。なにもそこまで厳しく言わなくても、これは煜瑾(いくきん)ちゃんの夢なのですよ。夢の中なら、デザートくらい好きなだけ食べても問題ないでしょう?」  しかし、文維の冷淡な態度は変わらない。こんな不条理な世界を受け入れざるを得ないという「非科学的」な行動に、言い知れない苛立ちを感じていた。 「いいえ。私の煜瑾なら、デザートを2皿も食べません」 「そんな…、(かたく)ななことを言わなくても」  お母さまは不満そうな顔をして、泣くのを我慢している健気な3歳児を振り返った。 「…っ、…っ、…うっ」 「まあ、可哀想な煜瑾ちゃん!泣かないで。お母さまのババロアをあげましょうね」  そう言った包夫人だが、すでにババロアを半分以上食べ終えしまっていた。  それを見た煜瑾は、ついにポロポロと涙を零す。そんなあどけなさに、大人たちは胸が締め付けられるように感じた。  それでも文維だけは硬い表情で冷ややかだ。 「茅執事、煜瑾にもう少しババロアを用意しなさい」  我慢出来なくなったのか、唐煜瓔(とう・いくえい)は大いに同情的にそう言って、煜瑾の涙を止めようとした。 「文維おにいちゃま~。文維おにいちゃまのが欲しいです~」  とうとう幼い煜瑾は、大きな声で泣きながら駄々をこね始めた。 「煜瑾は~、文維おにいちゃまが、(だい)しゅきなのでしゅ~。あ~ん、あ~ん」  唐煜瓔、茅執事、そして恭安楽は、小さな体を震わせて泣く煜瑾をなんとか(なだ)めようと慌てる。  ただそれを、冴え冴えとした端整な顔で見つめている文維だ。 「文維!こんな小さな煜瑾ちゃんを(いじ)めることないじゃないの!」  (たま)りかねた包夫人が煜瑾を抱き上げ、息子を叱りつけた。 「苛めてなどいません。それ以前に、その子供は、私にとって『煜瑾』ではありません」

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