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第30話

 煜瑾(いくきん)は、文維(ぶんい)の言葉に、驚いて泣き止んだ。 「文維…おにいちゃま…?」  涙に濡れた、いじらしい煜瑾の愛くるしい顔が文維に向けられる。 「煜瑾は、文維おにいちゃまが(だい)しゅきなのに…。おにいちゃまは…、煜瑾のことがキライなのでしゅね…」  切ない瞳でジッと文維を見つめる幼い煜瑾は、泣くことも忘れたようだった。 「私は、唐煜瑾を心から愛しています。けれど私の煜瑾は、ただ愛らしく、無邪気で、甘やかされるだけの子供ではありません」  文維もまた思い詰めた眼差しで、煜瑾の潤んだ黒い瞳を見つめる。 「私の煜瑾は、可愛いだけの存在ではなく、私を支え、助け、励まし、包み込むように愛してくれるのです」  文維と煜瑾の間に、緊張感が走った。 「煜瑾、私たちの暮らしに戻りましょう」 「文維…」  次の瞬間、文維は目の前が真っ暗になった。 「あ~ん、あ~ん。煜瑾は~、文維おにいちゃまが、大しゅきなのでしゅ~。あ~ん」  子供らしい甲高い鳴き声が、いつまでも文維の耳に残った。 ***  ハッとして文維は目を覚ました。反射的にベッドの上に身を起こし、周囲を見回す。  分厚い遮光カーテンを使っているが、隙間から漏れる光は明るい朝陽だ。  それに気付いて、文維はゆっくりとベッドの隣を見た。 「……」  大きな羽根枕を抱えるようにして、気持ちよさそうに眠って居たのは、文維が愛してやまない、1つ年下の煜瑾だった。 「…煜瑾」  美しい天使の寝顔に近付き、文維はその耳元に囁いた。 「ん…ぅん…」  白い素肌を捩り、艶麗な背中を見せる煜瑾に、文維は幸せそうに微笑む。 「煜瑾…。大好きです」 (文維おにいちゃま、大しゅきでしゅ…)  遠くから、はしゃぐような子供の声が聞こえたような気がした。

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