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第3話:追う
俺は狂った。自分でそう思った。
三津屋アキラのドラミングや、髪の毛先から飛ぶ汗一粒を思い返しては恍惚とし、そのしなやかな筋肉に触れてみたいとか、あの大きな手で触れられたいとか、そういう欲望が止まらなくなった。
彼以外のもので自慰ができなくなった。
そんな自分を恥じる一方で、歯止めがきかない俺もいて、さりげなく北高の知人を訪ねる口実を作って足を運び、何とか三津屋アキラに会えないか、せめて視界に入らないか、存在を認知されないか、なんて期待していた。
だが三津屋アキラは、昼休みも放課後もほぼほぼ校内におらず、特に放課後はホームルームの途中であろうとライブや仕事がある時は学校を辞してドラマー活動に没頭している、と聞いた。
二年に上がっても、俺は北高や、三津屋アキラの参加するライブやイベントには何が何でも行くようになった。
それでも『なんか毎回来てるキモい奴』という認識だけは避けたかったので、フロアの後ろの方で見つめる程度にした。
三津屋アキラのドラミングは、進化し続けた。
三年生になり、周囲が就活だ受験だとせわしなくなっても、俺はベースを辞めることができなかったし、歌うのが好きだった。
親は今からでも受験したらどうだ、と言ってきたが、俺は口を濁していた。
三津屋アキラの進路が気になっていた。
噂は錯綜していた。
あんなに上手い奴なら大学や専門に行かなくてもすぐバンドを組んで活動するんじゃないか、という説。
逆に、あいつは我流であのレベルまで達しているから、専門で系統立てて学び直したがっている、という説。
俺が進路を決めかねてうだうだしていたある日、北高の友人からメッセージが届いた。
『三津屋、上野部 大の推薦決まったってよ』
上野部大学! 通称『上大 』という地元の小さな私立で、俺の成績でも頑張れば行ける大学だった。
俺はすぐさま両親に土下座し、大学受験の環境を整えてもらい、無事、入試に通った。
上大ならキャンパスが狭いから、学部が別でも軽音部や何かしらの方法でお近づきになれるかもしれない。
三年間焦がれ続けた男と、四月から同じ学校に通える。そう思っただけで俺は泣くほど嬉しかった。
はたして上大の入学式は、校内の講堂で小規模に行われた。
男女ともにスーツ姿が多く、髪の色は黒か茶色。俺は『こいつら大量生産型なんじゃね?』と思う程度には浮いていた。こういう『協調性』とかいう響きの良い没個性的な奴は俺の周りにはいなかったし、俺もそうじゃなかった。そもそも中高で周りの人間とわいわい仲良くやれてたらここまでディープなロックヲタになってない。
——北高のドラマーでしょ?
突如、甲高い女子の声が耳に飛び込んできた。
——三津屋アキラだろ? 俺も聞いたことある
——男から見てもかっこいいよ、あいつは
——でも全然チャラくなくて、ファンの女食ったりしないって
——もうプロのバンドから声かかってるらしいじゃん
——やばー、早く見てみたい
一気に目の前が真っ暗になった。
三津屋アキラは大学生活はおろか、入学式の前から他の生徒の噂になるほどの存在。俺みたいなのが相手にされるとは考えにく……いや、相手ってのは……
その時、「しゃらん」という金属音がした。
——三津屋だ!
——え、あの茶髪?!
——にゅ、入学式だぞ今日!!
思わず顔を上げると、入り口から入ってきた三津屋アキラが見えた。
彼が一歩歩く度に、ボールチェーンが「しゃらん」と鳴る。
他の生徒が驚いたように、彼はライトブラウンの髪を立て、黒いライダースジャケットにダメージ・デニム、マーチンのブーツを履いて、ギグバッグからドラムのスティックケースらしきものをはみ出させていた。
そして呆然と彼を見る生徒たちを一瞥すると、『うぜぇ』と視線だけで言って一番奥の席に着座した。
……か、かっこいい……!
俺はなるべくガン見したり赤面したりしないよう、必死で脳内で円周率を唱え続けた。3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944 592307816406286208ああああ三津屋アキラかっこいいいいいいい!!
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