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第63話:加藤草介
歓喜のあまり震える手でペットボトルを取り出すと、俺は見事にそれを落としてしまった。慌てて腕を伸ばすと、輪の中でも最前にいたスーツ姿の長身の男性が先に拾って、俺に差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
思わず言うと、その男性はふわりと微笑んだ。
スーツは俺でも分かるようなハイブランドのものだし、年齢は彩瀬タケルさんと同じくらいに見えたが、『社会人』という、社会でサヴァイブしている人種ならではの大人っぽさがあった。
「僕も昔バンドやってたんだ。きみ、凄くいい声してるね。バンド名は……えーと『REAL GUN FOX』で合ってる?」
営業のチャンスと直感したのか、アキラが立ち上がり、俺の横まで来た。
「はい、全員上野部大学の生徒で、十代です。路上ライブは今日が初めてで——」
「あれ、きみ、三津屋アキラくん?」
爽やかな男性がそう言ったので、流石のアキラも絶句した。タクトだけが、このやりとりを遠目に見ていた。
「どうして——」
「はは、笑ってくれて構わないんだけど、いい歳こいた妻子持ちになった今でも、たまにライブハウスに寄ることがあるんだよ。この辺りのロックシーンできみを知らない人間の方が少ない」
「きょ、恐縮です」
珍しくアキラが照れたように頭を掻いた。
「これ、一応渡しておいていいかな? それで、もうすでにいるだろうけど、僕はリアル・ガン・フォックスの『ファン一号』ってことにして欲しいな」
アキラが受け取った名刺には、大手出版社の名と役職名、そして彼の名前、
『加藤 草介 』
と印字されていた。
「ファン、ですか。しかも、一号……?」
思わず俺が言うと、加藤さんは、
「俺には作曲の才もベースのスキルもなかった。バンド活動を辞めて就活して今こんな風になってるのは、ちょうど君たちくらいの歳だった。だから、応援したいと思ったんだ。もちろん、君たちのパフォーマンスが素晴らしいっていう前提の上でね」
「加藤さん、俺らは本来エレキでもっとハードなのをやってます。もし今のアンプラグドな演奏だけで気に入ったのなら——」
アキラが言いかけると、
「さっきも言ったけど、これでも僕は一応元バンドマンだ。今のパフォーマンスが全てだとは感じなかったし、本来エレキでぎゃんぎゃんやる系だっていうのも察した。もしまたライブやイベントがあったら絶対に連絡して。それで、君たちが売れたら僕は『ファン一号だ』って周りに自慢してやるから」
加藤草介さんはそこまで言うとあっさりと踵を返し、駅ビルの方へと去って行った。
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