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第68話:Simply because I can't

「え、須賀くんと三津屋くんが……そうか……」  半泣きになっている俺の前に座る加藤さんはいつも通りスーツ姿で、客もまばらな純喫茶では少し浮くくらい高そうな時計をしていて、俺はその輝きだけを眼に映していた。  あの後、タクトはさっさとその場を辞し、アキラも身支度をして店から出て行った。ひとり取り残された俺は、とにかく全部吐き出したくて、迷いはしたけど加藤草介さんに連絡をしたのだ。 「まあ、僕はそういうことは全然気にしないタイプだけど、バンド内だと確かにタクトくんがそこまで言っちゃうのも無理はないかなぁ」 「で、でも、俺ら別に口喧嘩とかそういうことは一切ないんです! だからタクトがあそこまで言う理由が全然、ホントに、分からなくて……」  また込み上げてきた涙を、俺は拭いもせずうなだれた。 「須賀くんも、一度冷静になって、ここ最近の三津屋くんの言動を客観的に見て、どうしてタクトくんが『抜ける』とまで言ったのか、アナライズした方がいいね。俺はリアガンのファン一号として、リアガンが瓦解するなんてことは絶対に避けたい。できることがあれば何でもするよ」  そう言って手触りのいいハンカチを寄こしてくれた。俺は遠慮無くハンカチで涙を拭う。 「ありがとうございます……」 「最初に言ったろ? 応援したいって。でもそんな事態なら、今日は三津屋くんの部屋じゃなくて実家に戻るのかな?」 「ええ、そのつもりです」 「物理的距離を置くことって、案外有効だよ? 三津屋くん次第でもあるけど、そういうフェイズなのかもしれないね、二人の関係は」    確かにそうだ。俺とアキラは当たり前のように同棲状態だった。近くにいると気づけない何かがあるのかもしれない。  加藤さんは続ける。 「一応ひとりの女性を落として結婚までこぎつけた身からすると、まあ俺は同性同士の関係は分からないけど、時には意識的に関係性を俯瞰することも大事だ。理由をきちんと説明して、三津屋くんに言ってみたら? 須賀くんも、もちろんソリューションを見つけなきゃいけない」 「はい……」  ソリューション、解決策……。  俺はその単語が頭の中でぐるぐる踊っている状態で、久々に実家に帰ったのだが、加藤さんに借りたハンカチを返し忘れたことに気付いた。洗濯して、親にアイロンを頼んで返そうと決めた。

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