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第2話 和也と喜四郎の逢瀬

「なんとでも言え。君は一回生だな? 二回生の教室棟まで、なんの用だ?」 「二年の、緋色のタイっていいですよね。ぼく、赤が好きなんですよ」  完全に質問を無視されて、さすがに沙羅衣は気分を害した。  しかも、この一回生は口元に薄笑いを浮かべている。 「道に迷ったのなら、おれが校門まで案内してやろう。その前にまずは口のきき方を――」 「あなたが、皇沙羅衣? その銀髪、間違いないですよね」  思わず沙羅衣は閉口する。  有名人の宿命というもので、似たようなことは何度かあったが、ここまでぶしつけなのは初めてだ。  目の前の一回生は黒髪黒目で、雪のようだとよく形容される沙羅衣と、同じくらい肌が白い。背丈は先ほどの伊田喜四郎と同じくらいだが、体はより引きしまっている。 「一回生の間でも話題になっていますよ。文武両道の超優等生が、いまだに奴隷を作らないって」 「君たちが気にすることじゃない」 「ぼくが聞きたいことは、それ以前の問題でして。『奴隷』ってなんなんです?」  沙羅衣は、緩やかに腕を組んだ。 「君、外部生か?」 「いえ、転校生です」  沙羅衣が首をかしげる。 「この間入学式だったろうに、こんな時期に? いやしかし、それで知らないのか。個人的にはあまり好きではない慣習なんだがな。学院内での特殊な人間関係のことだ。生徒二人の間で――時には複数にわたることもあるらしいが、原則としては二人だ――主従関係のようなものを結ぶ。主の生徒が皇帝、従の生徒が奴隷と呼ばれるわけだ。あまりいいネーミングではないだろう?」 「主従関係、ですか」 「ああ。奴隷は、全寮制のこの学院の衣食住において、皇帝の身の回りの世話全般を行う。これも、皇帝により奴隷によりいろいろ違いはあるけどな。代わりに、皇帝は奴隷に、なにかを与える」 「なにかとは。ずいぶん抽象的になりましたね」  そう言われて、沙羅衣は肩をすくめた。 「これは、本当に様々でな。校内トップクラスの学力で勉強を教えてやる皇帝もいるし、部活のエースとマネージャーのような関係の主従もある。単純に小遣いをたんとくれてやる皇帝もいるな」 「そう並べ立てなくても結構ですよ。想像はつきますから」 「想像?」 「健康な男子の園です。なにに飢えているかなんて、決まっているでしょう。多くの皇帝は、それを奴隷に与えているのでは?」 「……否定はしないが……」  その時、二人の耳に、妙な声が響いてきた。  うめき声のような、鳴き声のような、切実な人の声が。 「……なんだ?」  沙羅衣は、そろそろと声のするほうへ歩を進めた。なにか、急病で苦しんでいる者でもいるのだろうか。  しかし、生意気な一回生は、くつくつと笑って肩を揺らした。 「野暮な方ですね、皇先輩は」 「なに?」  廊下を奥へと進んでいく。  声のもとは、近くの空き教室のようだった。  あたりにはひとけがない。  沙羅衣は、ここかとあたりをつけた教室の、ドアに耳をつける。 「ああああっ……和也くんっ……!」 「二人の時は、なんて呼ぶんだっけ?」 「か、和也様あっ……ぼくの、ぼくの皇帝っ……!」  けもののような喘ぎ声に、さすがに沙羅衣も悟った。 (あ、あいつら……!) 「まったく、階段一つ降りるくらいも待てないのかよ……歳は先輩のくせに、ずいぶん自制心に欠けたもんだな……」 「だって、だってえっ! 和也様が、あんな……」 「おれが、なにをしたって?」 「す、皇くんにっ! あんなきれいな男の子に、耳打ちなんかして、内緒話を……!」 「なんだよ、ちょっとしゃべってただけ……だろっ!」  喜四郎が、和也になにをされたのか、小さく悲鳴を上げた。

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