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第10話 中庭の射精

 枢流の手は、愛撫を激しくしていくどころか、だんだんとしごく速度を落としてきていた。  快感の期待にあさましくあえぐペニスが、懇願するようにしゃくりあげて、窮状を訴える。  しかしもう、ほとんど手の上下動が止まろうとしていた。  このままやめられてしまったらどうしよう。沙羅衣の頭に、ふとそんな不安がよぎった時。 「声、我慢してくださいね」  親指とほかの四指で輪を作った手が、怒張の先端を包み込んだ。  いきなりの刺激に、思わず沙羅衣の口から声が出てしまう。 「くはッ!」 「ほら、だめですってば……キス、してあげますからね……」  そして、枢流の唇が、沙羅衣の口をふさいだ。  快感曲線の停滞が終わり、一気に上昇を描く。 手の動き自体は、早くなかった。 しかし、性感が集中したくびれた部分に強く指が引っかけられ、搾り上げられるように動くと、もはや沙羅衣にはなすすべもなかった。 一度上昇しきった手が、今度はゆっくりと降りてくる。 そしてまた、くびれを握りこみながら上昇。 その往復が三度ほど繰り返された時、沙羅衣に限界がきた。 「いいですよ。どうぞ……」  耳元でささやかれるのと、華奢な腰が跳ねるのは同時だった。  びゅるっ……  びくん、びくん、びくん……  ちょうど枢流の手が加工したときに射精したせいで、白い飛沫が中空に何度も打ち上げられる。  すべて終わると、沙羅衣の体から力が抜けた。  弛緩した口元には、まだ枢流のキスが続いている。 「あ、ふ……」 「大丈夫ですよ、まだ時間ありますから……ゆっくり休んでいてください……」  枢流の指が、ペニスの根元を優しくなでた。 「これが……礼というのは……なんの、だ……?」 「内緒です。それにしても、ふふ、イッてから聞きます?」  沙羅衣は、まったくだと苦笑した。 「気持ちよかったですか?」 「ああ、……それはな……」 「そうですよね。こんなに濃いのが、たくさん出たんですから」  決定的な証拠を見せつけられ、沙羅衣は赤面した。  枢流はハンカチで、沙羅衣の体に落ちた精液をふき取っていく。 「何度でもイカせてあげます、先輩……だから、そうやってぼくがいないとだめになったら……奴隷にしてくださいね、きっと……」 「どうして、そこまで……同性妊娠にこだわる……分家として、なにか企んでいるのか……?」  枢流は、沙羅衣の目に、理性の光がこんなにも早く戻っていることに、胸中で舌を巻いた。  大したものだ。そう思うと、つい、口が軽くなる。 「この世界は、神の奇跡でできているんですよね」 「? ああ、そうだな。地から天へと逆巻く滝、アルカエル山のドラゴン、北方の空中庭園……科学では説明のつかない出来事が、この世にはいくつもある。それらはすべて、神の御業だ」 「個人的には、ですが。その奇跡の中でも、誰も見たことのないものを叶えてみたい。その気持ちが、僕の個人的な動機です」 「個人的な……というなら、組織的な動機もあるのだな」  沙羅衣は、右手の人差し指を立てて唇に当てた。 「それはまだ、内緒ということで」 「そこまで言って、おれがなんの手も打たないとでも……?」 「ぼくに自白させることは、皇先輩がとりうる、人道的な手段の中では不可能です。それに現状、先輩は、ぼくを妊娠さえさせなければいいだけですから、特に追い詰められているわけでもありません。それでも、ぼくをとらえますか? 「本家がその気になれば、たやすいことだな」 「そうですとも。分家と言っても、祠堂家は、ただの平民同然です。研究内容はともかく、身分はね」 「その言い方は好かんな」  ふ、と沙羅衣が笑みを漏らす。 「いいや。君の言うとおりだ。切羽詰まってもいないのに拘束するようはまねは、おれにはできんさ」 「いいところありますね」 「そんな、含むところのある言い方をされても、うれしくないけどもな」  苦笑する沙羅衣の唇に、すっと影が差す。  そして、その部分だけで、二人の体温が重なった。 「……本心ですよ」 「……このキスもか?」 「射精を目的としないキスも、しておこうじゃありませんか」 「君が言うのか」  今度は、沙羅衣のほうから、唇を寄せていく。  そこへ枢流が覆いかぶさった。  唇が重なる。  けれどそれ以上には進まない、唇を開いて迎え入れることもしないキス。  予鈴が鳴った。  それでも二人はまだ、唇の先だけを、そっと触れ合わせたままでいた。

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