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第11話 寮にて
鳳凰千舞には、敷地内に寮がある。
全寮制ではないが、大部分の生徒がその寮を使用しており、自宅が近い通いの生徒が全体の一割ほどだった。
沙羅衣も、小等部からずっと寮住まいをしている。
教室棟には学食がそれぞれ備わっているが、寮にも食堂があり、朝食と夕食はたいていの生徒がそれを利用していた。
「そうか、枢流は通いなのか」
「ええ。寮でもよかったんですけどね。プライベートの時間がないとだめなタイプだと我ながら思うので、無理しないでおこうかと思いまして」
放課後、枢流が寮を見てみたいというので、沙羅衣が案内してやっていた。
意匠のほどこされた玄関の靴箱からして、「いかめしいものですね」と感嘆する枢流を、食堂、大浴場、遊戯室、いくつかの小会議室、と順番に見せてやる。
「小会議室?」
「会議室と名はついているが、まあ、実質的に多目的部屋だな。たとえば、騒がしい食堂よりも、気心知れたやつらでボードゲームでも楽しみたいときにも使われたりする。建物は四階建てで、浴場もあるが各個室にシャワーもついている」
「さすが、鳳凰千舞の寮ですね」
寮の中は閑散としており、放課後だというのにあまり人とすれ違わなかった。
「どうしてこんなに、人がいないのですか?」
「ちょうど、部活の大会や、文化祭のミーティングが始まる時期だからな。もう少し遅くならないとみんな帰ってこないんだ」
そういった矢先、玄関から制服姿の人影が入ってきた。
二回生の本村という生徒だ。沙羅衣とは顔見知りである。
「おお、皇くん。あれ? そっちの子は? 寮生かな?」
本村は、愛嬌のある目をぱちくりとさせた。
「いや、祠堂といって通いの一回生だ。寮を見てみたいというので、案内していたんだ」
「そうなのか。おれはてっきり……」
「てっきり?」
「皇先輩が、とうとう奴隷を持ったのかと思いました?」
「そうそう! ついにかって。美男どうしで、お似合いだしね。君、物腰が優雅だから、皇くんの横に立つととても絵になるよ」
「ありがとうございます」
「本村、おれは……」
「分かってるよ、皇くんは、生徒が奴隷を持つことに反対なんだろう? それはそれで尊重するよ。でももし、君が、この人こそはという人を奴隷にしたくなったとしたら、どんな子なんだろうなあって、つい考えてしまうんだよ。……一応言っておくけど、万が一そんな日が来たら、遠慮なく奴隷を持っていいと思うよ」
「ははは。おれは、ずいぶん周りに気を遣わせているんだな」
「そりゃ、皇くんはなんにせよ目立つからね。みんな君に興味があるけど、それ以上に、君には幸せになってほしいんだよ。二回生は誰しも、君が今まで、いわれなき差別やいじめ問題に立ち向かってきたことを知ってる」
「そんな大げさなことじゃないさ。ただ、おれが腹が立っただけだ」
「ふふ。おれたちは残念ながら、君になかなか追いつけないよね。でも、君のことを対等な立場から理解してくれる誰かと出会えることを、いつも祈っているよ。おっといけない、ここには工具の忘れ物を取りに来ただけなんだ。じゃ、学校に戻るよ。ああ、それと君」
今度は、本村は枢流のほうに向きなおった。
「はい?」
「せっかく来たんだ、大浴場で風呂にでも浸かって行けよ。今日はまだしばらく誰も帰ってこないから、君たち二人で貸し切りにできるぞ」
そして、本村は工具箱を部屋から持ってくると、またぱたぱたと出て行った。
「……沙羅衣先輩、人望があるんですね」
「しれっと名前呼びしてるな。ま、ありがたくも、そういう面はあるようだ。だが、別におれ一人が立派なわけじゃない。おれがクラスの問題に声を上げるとき、いつも周りのクラスメイトたちが応援して、背中を押してくれた。そうでなければ、そうそうに心が折れていたさ」
枢流は、ふうんと、行儀悪く口を尖らせた。
「どうも先輩は、ぼくが思っていたのと、ずいぶん違う人柄のようですね」
「いったいどんな風に思っていたんだ。ああ、いや、いい。おおよそ想像がつく。分家から見て、本家の次期当主なんて、さぞかしいけすかない見下げたやつだと思われていたんだろうな」
枢流はくすくすと笑った。
「否定しません」
「しろよ……」
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