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第12話 寮の風呂は広いんだ

「先輩、もし先輩がぼくの皇帝になってくれたとしても、そのことは公表しなくてもいいですよ」 「……意味あるか、それ? 公表しない皇帝と奴隷なんて、はたから見たらただの友達じゃないか」 「意味はありますよ。ぼくと先輩、二人の間だけには。つまるところ、それが大事なんじゃないでしょうか? 人間関係というのは」 「それはそうだが。あ、いや、おれは君のみならず、奴隷を作る気も、奴隷になる気もない殻ら」 「ええ。今のところは、ですよね」  枢流がにっと笑う。 「当分、だ。で、どうだ。まだ時間はあるか?」 「ぼくですか? 鳳凰千舞に入ってからはかなり門限がゆるくなったので、まだまだ大丈夫ですが」 「本村の言ったとおり、大浴場を使ってみるか? 君の家の風呂も立派なんだろうが、ここのも大したものだぞ」 「本家の方がおっしゃるなら、期待してしまいますね。それでは失礼して、お風呂をいただきます」 * 「どうしても、これに慣れると、部屋でシャワーを浴びる気にならないんだ」  湯船につかった沙羅衣が、のんびりとした声を出す。  大浴場の湯舟はちょっとした銭湯くらいはあり、貸し切り状態だと途方もない開放感があった。 「どうした、枢流? もう体は洗ったんだろう? 君も入れよ」  しかし、まだ腰にタオルを巻いた枢流は周囲をゆっくりと見渡し、 「壁もタイルも、カビ一つない……見事に清掃が行き届いていますね」 「ああ、簡単な掃除は寮長さんがやってくれるが、月に一度は寮生全員で大掃除しているからな」  天井を眺めていた枢流は、驚いて振り返った。 「鳳凰千舞の寮生が? 自分たちでですか?」 「進学校の生徒だったら、身の回りのことをなんでも人にやってもらってると思ったら大間違いだぞ。自分たちの浴場だからな、それはもう人ごとにせずに気合を入れて清掃している」 「なるほど……」 「それはそれとして、早くつかったらどうだ。冷えるだろう」 「うーん……」  珍しく逡巡を見せる枢流に、沙羅衣も思案顔になる。 「もしかして、人の入った風呂に入るのだだめとかか? それなら、言ってくれればよかったろうに」 「え? ああいえ、そういうことではないです。ただ、分家のぼくが、本家の方と同じ湯船に入って、お湯を汚すのに抵抗があるといいますか」  かく、と沙羅衣が肩をコケさせた。 「そんなことを気にしていたのか。むしろ、逆に構わないタイプかと思っていたが」 「ぼくも、理屈では、そんなことにこだわる必要はないと思っていますよ。ただ、やはり、子供のころからの刷り込みなんでしょうね」 「おれが、先にさっさと入ったのもいけなかったかな。一度上がって、体でも洗うか」 「またですか?」 「さっきは気が急いて、汗と汚れを流しただけだったからな。今度は頭も洗おう」  ざばりと沙羅衣が湯船から上がり、ふちに足をかける。  そこから二三歩前へ歩いた時、足が湯で滑り、危うく転びかけた。 「危ないですよ!」  枢流がとっさに手を出し、沙羅衣の腰のあたりをつかまえる。  手でつかむのではなく、腕全体で抱き込むようにしてくれたおかげで、沙羅衣は痛みもなく立ち直ることができた。 「お、おお。すまない」 「皇家の次期当主が、風呂場で頭を打ってもしものことでもあれば、笑い話ではすみませんよ」  そのまま枢流が先輩の手を引き、洗い場の前に座らせる。 「子供じゃないんだからな」 「子供のように滑ったのはどなたですか」  そういわれると、返す言葉もない。

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