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第24話 処女をください

 一度止まった箸が再び動き出した。  痩せてはいるが男子二人、どんどんテーブルの上の皿は軽くなっていく。  つけっぱなしにしていたテレビからは、夕方のニュースが流れだしていた。  トップニュースになっているのは、国内の中央都市で、処女受胎した女性がいるという特報だった。  沙羅衣が、思わずうなる。 「処女受胎、今年に入って一件目か……年に数件とはいえ、コンスタントに発生するな」 「ええ。……理不尽ですよね」 「理不尽?」  枢流には、茶化しているような様子はない。 「ええ。なぜ、女性だけが妊娠できるんです? 処女受胎は、神が直接人間に行うものの中では最上級の奇跡です。いまだにそのロジックは謎とされている……男性の同性妊娠は、すでに記録というより伝説に近いものです。真に神が万能であるなら、受胎の条件を明確にして、男性にも同じく妊娠の奇跡をもたらすべきじゃないですか。男に生まれたというだけで、その可能性が排除されてしまうなんて、理不尽です。せめて、同性妊娠が普通に可能にしてもらいたいものですね」 「そんな一方的な言い方をするな。妊娠する性のほうにしてみれば、おれたち男には想像もできないような苦労があるだろう。……しかし、えらく真剣じゃないか」 「いけませんか?」  今度は、少しすねたような顔をする。  最初は愛想笑いばかりが得意な後輩かと思っていたが、そうではない一面が見えてくると、沙羅衣はなんだか愉快な気持ちになった。 「君が、同性妊娠にこだわっている理由が気になるな」 「大したものじゃありませんよ。ごく普通の理由です」 「子供が欲しいのか? それなら、自分で妊娠する必要はないだろう」 「ありますよ。理論上、同性妊娠の場合、二人で作った子供でも、妊娠したほうだけの遺伝子が……」  そこで、枢流は言葉を止めた。  まずいことを口にしてしまったというよりは、せんないことをくどくどと話してしまった、というようなニュアンスで。 「どうした? 続けてくれよ」 「よしましょう。言葉にすると本当に陳腐で、自分が卑小な存在に思えてくるんです」 「君、意外に思い詰めるタイプなんだな」  テレビのニュースは話題が変わり、近年目立っている、青龍堂学園の学生活動グループの話になっていた。  画面の中では、男子校であるはずなのに、女性ものの服をまとった生徒たちが楽しそうに行き交っている。 『ぼくたちは、心が女性なわけではありません! ただ、女性の格好をするのが好きなだけの集まりなんです! そのかわり、自分にできる限りめいっぱいかわいくなることに、全力を尽くしています!』  レポーターにマイクを向けられた生徒は、テレビ慣れした様子で堂々としゃべっている。「サークルリーダー 宇良堅信」とテロップが出た。  ウイッグだろうか、赤いロングヘアを躍らせ、瞳もカラコンで赤くしている。目がぱっちりと大きくしぐさはコケティッシュで、いかにも女の子という風貌だが、声は少し高いものの明らかに男子のそれだった。  ミニスカートから出た脚は、白いハイソックスで形よく絞められている。もともと小柄なようだが、ゆるめのチュニックが上半身のシルエットを小動物のように見せていた。 「ケンシン、というのか……名前は堅そうなのに、ずいぶんかわいらしいな」  すっ、と枢流の目が細められた。 「あれ。先輩、ああいう子が好みなのですか?」 「なんでそうなる。知りもしない子に――」 「さっきは、ぼくの腕の中で、あんなに乱れてくれたのに」  ごくん、と豆腐を飲み込んだ沙羅衣ののどがおかしな音を立てる。おかしなことを言われたせいでだが。 「そ、その話はやめろ。ごちそう様。うまかったよ。洗い物はおれがやるから……」  すると、枢流がまたも、温度のない笑みを浮かべた。 「ぼ・く・が・やります。さっきの話、聞いていてくださいましたよね?」 「あ、ああ。調理だけでなく片づけも一人でやりたいのか? わ、分かった」 「汚れを軽く落としたら、手洗いするもの以外は、食洗器に入れるだけですよ」  そういった通り、枢流はまたも手際よく後片づけを済ませた。  ゴウンゴウンという食洗器の音が響く中、枢流がコーヒーを出してくる。 「これもまた、いつの間に……」 「水出しで、あらかじめ冷蔵庫に入れておいたのを温めただけですよ」  二人はソファに並んで座り、カップを傾けた。  テレビは、会話の邪魔にならないようにと、枢流が消音にしている。 「なんだか、楽しいなこういうの。おれはあまり人に家に遊びに行ったり、泊まったりということがなかったからな」 「ああ……本家の御曹司が外泊となれば、SPがぞろぞろついてきてしまうでしょうしね」 「だから新鮮だ」 「皇先輩、心配しなくてもいいですからね」 「え? なにがだ?」 「ぼくがどんなに先輩をよがり狂わせても、先述している通り、妊娠するのはぼくです。先輩が子供を宿すことはないですからね」  沙羅衣は、危うく吹きそうになったコーヒーを慌てて飲み込む。 「誰がいつそんな心配をしたっ!?」 「改めて保証しておこうかと思いまして」 「大きなお世話だっ。まったく、人がせっかく、ほのぼとのした気分でいたのに……」 「ほのぼの、ですか?」  枢流が、意外そうな顔をして、右手を軽く握って顎先に当てた。 「……そうだよ。なにか悪いか?」 「先輩」 「うん?」 「処女、ください。今日。今。これから」

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