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第32話 女装の侵略
沙羅衣と枢流の仲は、順調に深まっていった。
二人とも学年を代表する秀才であるため、会話の知的レベルがほぼ釣り合う。
さすがに沙羅衣のほうが博学であり、一年多く学んでいる分学業に関連した知識は豊富だったが、特定の語彙を理解してしまえば、枢流はほぼ互角に沙羅衣との会話についていった。
これが沙羅衣にはたまらなくうれしい。
今までは、同じクラスの生徒とすら、つい熱中して話し込むとぽかんとさせてしまうことが珍しくなかったのだ。
「つまりだな、枢流。アールセッカの神物志向論は、われわれの精神的自立を堕落とみなさない点で、神学において当時はかなりの異端だったわけだ」
「アールセッカ? バンドンの後の哲学者ですね。まだ習っていませんが、確か三位一体思想の矛盾について、向系理論で解説を行ったという……」
「ははは、それだけ知っていれば充分だ。そのアールセッカが改めて問題視されたのは……」
昼食を中庭で一緒に取りながら、ごく気楽にそんな会話ができてしまう。
これまでは、せいぜい校内の教師か、家に用意されたチューターとしかこのレベルの話はできなかった。
また、枢流はずいぶんと聞き上手だった。沙羅衣が気をつけていても、ついうっかりと一人でしゃべり過ぎてしまう。
放課後に合流すると、沙羅衣がのどが渇いたと言い出す前に枢流は冷たい紅茶をサーモマグから出してくるし、負けじと沙羅衣も枢流の分の軽食を買ってきて渡す。
枢流は自分が奴隷なのだからと遠慮する様子は見せたが、沙羅衣のほうは主従関係を築くつもりは毛頭なかった。
そんな二人の息の合い方に、ただでさえ目立っていた沙羅衣とそのパートナーのカップルは、校内での認知度を急速に上げていった。
そして知識欲だけでなく、性欲についても、その解消は枢流に任せておけばよかった。
互いに学業が忙しい身なのでそうそう長い時間二人っきりになる機会は作れなかったが、枢流はその気になれば、ほんの数分あれば沙羅衣を絶頂に導くことができる。
時には、沙羅衣のほうが枢流の性欲を処理してやろうとすることもあるのだが、いかんせん枢流が
「いずれたっぷりとかわいがっていただきますから、こんな慌ただしい気持ちで抱いていただかなくてもけっこうです」
と言ってさらりとかわすので、沙羅衣としては少々申し訳ない気持ちにもなる。
この日の昼休みも、枢流のほうから沙羅衣を誘ってきた。
食事を終え、さしたる話題もなく、二人でけだるく風に吹かれていたら、
「先輩、ここのところ射精してませんよね。そろそろ苦しいんじゃありませんか?」
まるで、沙羅衣の性欲の充実具合を把握されているかのようだった。
「あ、ああ。そうかもな。でも、こんなところだし……」
「ふふ。まだそんなことをおっしゃるんですか……。ほら、立ってください。……ああ、すごい。ぼくにしゃぶられるのを、想像しただけで、こんなに?」
「あ、あからさまに言うな。仕方ないだろう、おれはここのところ、ちゃんと射精していないんだ」
「ええ、もちろん。いいんですよ。毎日毎日、若い先輩の体の中では、新鮮な精液がドクドク作られているんですものね。早く、出してあげないと」
「だ、だからだな! そういう――」
カチャカチャ、と軽快な音を立てて、しゃがんでいる枢流が、立っている沙羅衣のベルトを外す。
彼らのすぐ横には太い木立と植え込みがあり、あたりからは死角になっていた。むろん、それを承知で二人はここを昼食場所に選んだのだが。
「ああ、もう下着をこんなに中から突き上げて……いやらしい」
さらさらと布地越しに先端をいじられて、沙羅衣は早くも息を乱していく。
「枢流……昼休みの時間が、なくなる……早く」
「分かりましたとも、先輩。もう待ちきれないんですね。脱がしますよ……」
下着を下すと、完全に天を向いた沙羅衣のペニスが姿を現した。
枢流はためらわずに先端を口に含み、ぐぐ……と奥まで飲み込んでいく。
「ああ……」
ずちゅ、ずちゅ、と締め上げるような水音を立てて、抽送が始まった。
体が待ちわびていた快感に、沙羅衣の腰が砕けそうになる。
これほどの性感を与えてくる枢流の口が、性器ではないということが信じられなかった。
口の中でぴっちりと沙羅衣のペニスをとらえながら、舌がれろれろと前後して裏筋を舐めしだいている。
もとより長く楽しむつもりはなかったが、それにしてもあまりにも早く、沙羅衣に絶頂がやってきた。
「枢流……いきそうだ……」
枢流が右手を上に伸ばし、指先で沙羅衣の舌を柔らかくつまむ。
キスしていなければ射精できない沙羅衣のために、おなじみのフェイク。
射精感が込み上げてきた。
肉の棒のつけ根に熱が集まり、せき止めるもののない液体がほとばしっていく。
「ああ、出るッ!」
「んっ!」
濃厚な液体が、枢流の小さな口の中に打ち込まれた。
それが気管に入らないよう舌の上でほとばしりを受け止めながら、この短期間にこれほどの精液がため込まれてしまう若い男の体に、枢流は自分も男性ながら感嘆してしまう。
(すごい。先輩、いつもすごく濃い……)
これほど明確に快感の証を見せてくれると、枢流のほうもやりがいがある。
丁寧に根元から指の輪で、残った精液を先のほうへ絞り出していく。
仕上げに、強めに亀頭をちゅうちゅうと吸い上げてやると、沙羅衣が
「あはッ!」
と腰を跳ねさせた。
「楽にしていてください、先輩」
沙羅衣を座らせると、枢流は湯で温めておいたタオルを取り出す。
ここへくる前に湯に浸したものなのでさすがに少し冷めているが、常温よりはまだ温かい。
特に繊維の細かい柔らかいものを選んでおいたので、優しく沙羅衣の下半身を清拭していくと、過敏な状態のはずの先端もなんとか拭いてやることができた。
「ありがとう……枢流……」
衣服を直し、まだ少しぼうっとしている皇帝に寄り添って枢流も寝そべる。
穏やかな日だった。
ずっとこのままの毎日を繰り返して、卒業を迎えるのではないかと錯覚してしまうほどに。
その平穏を破る音は、放課後に響いてきた。
沙羅衣と枢流が二人で下校しようとすると、校門にもたれて、赤い髪の他校生が取り巻きとともに鋭い視線を送ってきていた。
*
「……なんだ、あれ。どこかで見た覚えがあるな」
沙羅衣がぽかんとした顔でそうつぶやく。
「ああ、そうだ! この間テレビに出ていたな、青龍堂学園の女装生徒……宇良堅信!」
まだ沙羅衣たちと校門までは五十メートルほどの距離が空いていたが、沙羅衣の声は千歩に届いてしまったらしい。
「ほほう! おれのことをご存じとは、さすがだな、鳳凰千舞の皇沙羅衣!」
堅信のいでたちは、先日のニュースで見た時と変わらなかった。
おそらくウィッグなのだろう赤いロングヘア、青龍堂学園の女子の制服。
ミニスカートからは、男とは思えない細い足がのぞいている。黒いニーソックスで、いわゆる絶対領域を形成していた。
よく見ると、周りに五人ほどいる取り巻きも、二人は女装した男子だった。残る三人も、ユニセックスな格好をしている
「……その宇良くんが、うちの学校になんの用だ? 誰かと待ち合わせかな?」
「ふっ! これは異なことを! 遠く国鉄で十駅も離れた我が校でも聞き及んでいるぞ! ほかならぬ皇沙羅衣! 貴殿最近、ついに奴隷を持ったそうだな!」
沙羅衣は自分で自分を指さし、
「おれか? 確かに、奴隷は持ったが。これ、ここにいる……」
そういって沙羅衣は、かたわらにいる枢流をついと見て、その顔色の悪さに気づいた。
「……枢流?」
そこで堅信が声を張り上げる。
「そう、その祠堂枢流だ! 貴殿よくも、このおれのフィアンセを寝取ってくれたなっ!」
「誰が誰を寝取った!? 人聞きの悪いことを……なに? 枢流が宇良くんの……なんだと?」
堅信は、びしりと人差し指を沙羅衣につきつけ、」
「なにもかにもあるかっ! 耳の穴を大拡張して再度聞け! 枢流は、おれの男だ! 返してもらおうか、この盗人が!」
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