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第36話 君に心があるなんて、と心のなかったころのぼくは

 それからは、一週間に三度ほどのペースで、堅信は枢流を呼び出した。  場所は、モーテルであったり、学園の空き教室であったりした。 親元の学生では、そういくつも選択肢があるわけではなかったが、とにかく人に見つからないことを優先としつつも、堅信の若い男の体はあまりに性の魅力に対して無力だった。  そうして、一カ月ほど過ぎたある日。 「ああ、ああああ~ッ!」  この日はモーテルで、堅信は女装したまま、シャワーも浴びずに枢流にもてあそばれていた。  さすがにシャワーを浴びる前にペニスを舐められるのは抵抗が強く、それを察した枢流は指だけで堅信を追い込んでいた。  この日は白いチュニックにひざ丈スカートというのが堅信のいでたちで、ソックスはニーハイだったのだが、足が布地に覆われている部分が多いと、露出している太ももが敏感になったように思えた。  最初は右手の指先でなでるようにももを上下していた枢流の指は、油断した堅信のスカートの中をいきなり這い上がり、パンパンに勃起していたペニスをめがけてパンツの中に滑り込んだ。 「はっ! ひあっ!?」  パンツの裾から侵入してきた指は、容易に堅信の根元を見つけ、しゅるしゅるとこすりだす。  枢流の左手は、堅信の胸を愛撫していた。  むろん堅信には女性のようにふくらんだ乳房はないのだが、寄せて上げるようにもまれてから乳首を服の上からつままれると、甘美な快感がびりびりと堅信の体を駆け巡った。  しかし、枢流の両手はそれ以上の動きをしようとしない。  何分ほど、そんな状態が続いただろうか。  根を上げたのは、堅信だった。 「ああ、枢流! さ、先のほうも! 先のほうも、触ってくれッ!」 「どこの? この、平たいおっぱいの?」 「ち、違う……! 下だよ、下の……」 「ここ? こう?」  枢流の手のひらが、堅信の先端を包み込んだ。  その瞬間、声もなく堅信は射精した。 「あは、凄い……噴水みたい。手のひらが押し上げられてる」 「う……ああ」 「君、体は華奢なのに、ここはけっこう大きいよね」 「や、やめろ……そんなこと、言うな」 「汗をかいてしまうから、上、脱がせるよ」  枢流は、手際よく堅信を半裸にすると、愛撫を再開した。  再び勃起してパンツの上端からはみ出してしまった堅信の先端を、絶妙の力と速度でこすり上げ、二度目の射精をしたところで二人でシャワーを浴びた。  ぬるめの湯が体を滑り落ちていく。  その温度が頼りなくて、堅信は枢流と体を密着させた。   「……お前といると、自分の体が自分のもんじゃなくなるみたいだ」 「よく言われる」  なにげなくこぼされたその言葉に、堅信の心がかつてなくざわめいた。  なにか言ってやろうと口を開けたところで、その口を枢流がふさぐ。  枢流の舌が堅信の口の中に侵入してきて、ゆっくりと回転した。  堅信がどうしていいか分からなくなったところで、ペニスがつかまれた。  まったく抵抗することのできない、絶対の快感の愛撫が始まる。  そのまま、なにも言えないままに、堅信は射精させられた。  脱衣所へ出て、体をふいていると、枢流がぽつりと言った。 「転校するね」 「……は? 誰が?」 「ぼく」  枢流の視線は、バスタオルに注がれたままだった。  堅信は、その無感動そうな同級生の横顔を見たまま固まっていた。 「……なんで……だよ?」 「宇良堅信。君、ぼくに子供を作られたくないだろう?」 「……それ……は」 「分かるよ。君は、ぼくとの行為を喜んでくれている。でもあくまでそこまで。その先、ぼくの望みとは、君の想いは一致していない」 「た、確かにそうだよ。だって子供作ろうってんだぜ? はいそうですかってあっさり作る方がおかしいだろうがよ」 「君に父親になれと言っているんじゃないんだよ? 前にも説明した通り、遺伝子はぼく一人だけのものだ。君の精子は、あくまでドラゴンの血をだますためのきっかけで……」 「だから、そんなふうに割り切れるほうがおかしいだろ!?」  大声を上げたせいでか、ようやく枢流が顔を上げた。 「……そもそも、急ぎすぎなんだよお前。なんでそんな、出会って何か月もたってない相手にそんな迫り方して、おまけにそんなに早く愛想つかすんだ。そんなやり方で、うまくいくわけないだろ」 「急ぎすぎ?」 「そうだよ。そりゃ、たかがセックスだろうよ。世の中、気軽に、出会ったその日にバンバンやったり、子供できてもおかしくないようなやり方を平気でやったりしてるやつらもいるだろう。けど、おれに言わせりゃそいつらのほうがおかしいぜ。時間なんて関係ない相手との出会いってのもあるだろうが、そうでないほうがずっと……」 「急ぎすぎって、いつまで待てばいいの」  その枢流の声は静かだったが、普段とはまるで違う重みがこもっていた。 「いつ……って、そんな、期限決めるようなもんじゃ」 「子供のころから、ずっと耐えてきたよ。一人で生きていこうと、何度も思ったよ。でもだめだった。一人になればなるほど、孤独に生きようとすればするほど、人のぬくもりが欲しくて仕方なくなる」 「お前……」 「そのおかげで、セックスはうまくなったよ。ぼくはたぶん、性欲のある人間が相手なら、一度一緒に寝るだけで、虜にすることができる。どんなに貞操観念が強固な人間でも、社会的立場のある人でも、ほかに愛する人がいる人でもね。宇良堅信、ぼくとの行為は、中途半端なものでも、気持ちよかっただろう?」  これを否定することは、堅信にはできない。  枢流の技を否定するには、あまりにもあられもない姿を見せすぎていた。 「……まあな。でもお前、そんなに大した技の持ち主なのに、あんまり幸せそうに見えねえじゃねえか。……別の生き方を考えたほうがいいってことなんじゃねえのか」 「これからなんだよ」 「なにがだよ」 「ぼくは、ぼくのために生きる。でも、ぼくはぼくが嫌いだ。そんな人間が孤独に生きれば、きっとひどいことが起きる。今はまだいい、でもこれからもっと年を取って、社会的な地位が上がったり、すっかり成人になっても、ぼくは自分の衝動に一人で立ち向かえなかったとき、取り返しのつかないことをするかもしれない。だから必要なんだよ。他人を巻き添えにせず、ぼくのコピーとして作った、子供というもう一人のぼくが」  ぞわ、と堅信の背筋に悪寒が走った。 「お前……自分がなに言ってるか分かってるのか? そうとうおっかねえこと口走ってるぞ。そんな理由で子供を……人間を一人作って、まともに幸せになんてなれるはずが……」 「分かってほしいとは、全然思ってないよ。理解も、協力も、同情もいらない。ただぼくはぼくのために、必要なものを手に入れるだけだ」 「……だから、ほかの男の精子を搾り取りに行くのかよ」 「そうだよ。目星はついている。さいわい、この国では、ぼくの目指す精子を持つ血統の人間は、四大学園に集まりやすいしね」 「はっはあ。それじゃ、次に行く学校ってのは、鳳凰か、白虎化、玄武のどれかってわけか」 「そう。なんとかうまくやってみせるよ。……君には、最初からすべて話してから関係を持ったから、逆になかなか進展しなかったっていうのがあるかな。次は、なるべくいきなり肉体関係を持てるようにするよ。事情を話して、警戒されてしまうと、むしろ遠回りになるってことがよく分かったからね」  そうかよ、とつぶやきながら、堅信は転向後の枢流の動向を想像した。  まともな若い男であれば、枢流の性技の前にひとたまりもないだろう。一応枢流は、相手の意に反して無理やり精子を奪い取ろうというつもりはないようだが、その愛撫に完全にハマらせてしまえば、やりたい盛りの男など二つ返事で枢流の言いなりになってしまうことは、容易に想像できた。  枢流に一度ペニスをつかまれてしまえば、 逃れるすべはない。  そのことは、堅信自身が一番よく分かっていた。  自分がもう今日という日を最後に、枢流を失うということも。いや、初めから手に入れてなどいなかったのだが。 「最後に、もう一度だけ聞くよ、宇良堅信。ぼくが妊娠するために、精子をくれる気はある?」  堅信に、迷いはなかった。  その申し出だけは受けられない。  誰のためでもなく――生まれてくる子供のためですらなく――枢流のために。 「いやだね。お前をそんな理由で妊娠させるために、おれの精子はやらねえ」 「分かった。……今まで、楽しくないわけではなかったよ。そのお礼に、今日はたっぷりよがり狂わせてあげる」  下着姿の枢流が、堅信に体を預けてきた。  その右手が、堅信のパンツのゴムを押しのけて侵入してくる。  だが、堅信は、枢流の手首をつかむと、パンツから引き抜かせた。  そして、枢流の目を見据え、告げた。 「そんなことはしなくていい。そのかわり、お前は、おれのフィアンセになれ」 「……ん?」 「おれ以外の誰とも、そんな後ろ向きな妊娠のためのセックスなんてするな。それで一人で生きられないなら、おれのところにこい。一生、面倒見てやる。孤独になどさせん。俺が必ず、幸せにする」 「……考えておくよ」 「それはイエスということでいいんだな」 「なんで!?」 「え!? ほかに取りようがあるか!?」  結局その日は、それ以上二人が体を重ねることはなかった。  それから数日後、枢流は青龍堂学園から姿を消した。  なにやら堅信が荒れ狂ったらしいという話を、枢流は人づてに聞いた。 (……失敗したな)  そう思った。  宇良堅信というのはずいぶん破天荒な人間だと聞いていたのに、あんなにセンシティブなところがあるというのは、計算外だった。  もっとドライでいい。  物乞いに食べかけのパンをほどこすような、その程度の気持ちで精子だけくれればいい。  人間性など二の次だ。  むしろ人間味など薄ければ薄いほど、あとくされがなくていい。  枢流がこのとき入手していた情報によれば、鳳凰千舞にいる優等生が、同性妊娠可能な血統を持ち、しかも名家の嫡流らしいという。  そんな人間であれば、分家筋の庶民に近いような人間を、下手に顧みたりしないのではなかろうか。堅信は、おそらく良くも悪くも家の教育が奔放で、それがあのような人情味を育てたような気がする。  今度は、いきなり体の関係に持ち込む。  そうして溺れさせておけば、なしくずしに要求を通すことができるはずだ。  枢流は再び自分にそう言い聞かせた。  そして、鳳凰千舞学院の戸を叩いたのだった。

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