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第37話 沙羅衣と堅信、ラブホへ
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枢流が、何度か喉を湿らせるために飲んでいた紅茶のカップを、テーブルに置いた。
「おおよそ、ぼくと宇良堅信の関係はそんなところです。まさか、ここまで追いかけてくるとは」
「いや……きてもおかしくないだろう、それは」
沙羅衣は、手のひらで額を軽く押さえた。
「え? そうですか?」
「おれも、人の心の機微にそんなにさといわけではないけどもな。そんな別れ際じゃ、残されたほうは未練を残しても仕方ないと思うぞ」
「でも、恋愛感情があったわけでもなんでもないんですよ。ただ一時、体の関係があったというだけで」
「そんなにあっさりととんでもない発言されると反応に困るが、少なくとも向こうにとっては、ただ一時のどうでもいい相手ではなかったんだろう。それも、単に性欲の都合というよりは君という人間を求めてのことのように思えるし」
枢流は、小さくうなりながらうつむいてしまった。
「まあ、ぼくが徹底的に冷たく接していれば、いつかはあきらめてくれると思うんですが……」
「それを期待するしかないな。今のところ、力ずくで迷惑行為に及ばれているわけでもないから、力で排除するというわけにもいかない」
「……今のところは、ですよね」
「なんだ、含みのある言い方をして」
「力ずくでの迷惑行為が始まったら、どうしましょう」
沙羅衣は、紅茶のカップを上げて一息に飲み干した。
こん、とカップをテーブルに置き、
「そこはお互い、大の男だ。分かりやすくてよかろう。多少荒っぽいことになっても、やむを得ないだろうな」
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「ふっははははは! 皇沙羅衣よ、よくぞこの門をくぐりにきたな! 待っていたぞ!」
翌日の下校時刻、鳳凰千舞の校門前に、赤いロングヘアの女装がまたも立ちはだかり、そんな哄笑を上げていた。
思わず、沙羅衣は天を仰ぐ。
「それは、くぐりにくるだろう……下校するんだから。寮までは歩いて五分もかからんのに、その間でトラブルに遭うというのはそこそこ貴重な体験がするな」
「ふっ! おれが裏ルートで手に入れていた闇情報の通り、枢流は生徒会に用があって今日は貴様と別行動のようだな!」
「……君、宇良くん、うちの学校にスパイとか仕込んでるのか?」
「誰がそんな七面倒な真似をするか! ただ、鳳凰千舞で女装子が好きそうな男子に目星をつけて、『勃起したペニスが内側からスカートを突き上げているところとか見てみたくないか?』と交渉を持ち掛けただけだ!」
「……君、もう少し自分を大事というか、見境をつけたほうがいいな」
堅信は、聞いているのかいないのか、歩幅をザッと広げてびしりと人差し指を突きつけてきた。失礼なしぐさだが、クセなのかもしれない。
「ちょうどよかった! おれが今日用があったのは、貴様にだからな! 皇沙羅衣、ちょっとばかし顔貸してもらおうか!」
ぶしつけにそう言われ、さすがに沙羅衣も渋面を作る。
「そう簡単に貸したり借りたりできる顔ではないつもりだがね」
「ふっ! さすがは皇本家の嫡流だな! いいだろう、落ち着いた場所で、堂々とおれと話し合おうじゃないか!」
「話というと、枢流のことだな?」
「むろん! これで、貴様がただの泥棒メス猫なのか、牙持つ女豹なのかが分かろうというものだ!」
「どっちにしろメスなんだな……。いいだろう、どこへ行く?」
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「……なぜだ?」
「なぜとは?」
「なぜおれは……君とこんなところに?」
「ふっ! 異なことを! 男が二人、心おきなく話せる場所といえば、ラブホテルと相場が決まっているだろう!」
「そうか……? むしろ、男同士って断られやすいんじゃなかったか?」
「見ろ! 今日のおれを!」
「……見たらなんだ?」
「今日はこの、清楚系のブルーのワンピースだ! 上半身はふわふわして、フェミニンだろう! フェミニンな服は暖色系が多いと思うだろう!? しかし、男心を両手でわしづかみしてしまうのは、実は寒色系なのだよ! なぜなら、清楚系は清楚っぽいからな!」
「そんな真っ赤な髪で、清楚もなにもあったものではないんじゃないのか」
「あ! 差別したな! 髪が赤い女は清楚じゃないと差別した!」
「世間のイメージの話だ。……それにしても、きれいな部屋だな」
さすが宇良堅信が選んだだけあって、そのホテルは、外観も内装も、下手な安ホテルとは比べ物にならないほど格調が高かった。
白い外壁に黒い柱が縦横に走り、変にアーティスティックな方向に走っていない分、程度が高く感じる。看板は小さく控えめで、ぱっと見は高級レストランかちょっとした別荘にさえ見える。
部屋も、寮の部屋の――比べるものでもないが――ざっと十倍近い面積があり、木目の浮いたベッドは大きく頑丈そうだった。
床はダークブラウンのカーペットで、思わず靴を脱ぎたくなる。
「まあ、自分の家だと思ってくつろいでくれ」
「それは普通招待者の自宅で言うものだし、ラブホテルが自宅だと思うような精神構造も持ち合わせていないんだが」
「ふん。まあいい、ベッドにでも座ろう。飲み物はコーラでいいか? まったく、地上にコーラ以上の飲み物というのは存在しないから参るな」
意外にも(と、失礼ながら沙羅衣は思った)自ら飲み物を注いでくれた堅信に礼を言い、沙羅衣はグラスを受け取る。
二人で並んでベッドに座ると、コーラをグラス半分ほど一気にあおった堅信が、ぐるりと沙羅衣のほうへ首だけ向けた。
「で、皇の。もう聞いているんだろうな? 枢流の目的については」
「さてね。どうかな」
「ふん、やるな。安心しろ、誘導尋問のつもりではない。そんな姑息な真似はせんさ。同性妊娠の件だ」
「ああ。一部は聞いた」
ホテルの乾燥した部屋で、コーラの炭酸が喉を滑り落ちていくと、得も言われぬ清涼感があり、沙羅衣は思考を回転させながらも気分は落ち着いていった。
慎重に話を運ぼうとはしているが、どうもこの宇良堅信という人間には、裏表を感じない。もう少し胸襟を開いたほうが、話が通じやすいかもしれない。
「宇良くんは、本気で枢流とフィアンセになりたいのか?」
「すでにフィアンセであることを忘れた愚問だな。確かにいろいろと置き忘れてきた問題もなくはないが、おれたちはすでにフィアンセなのだから」
「相手の了承は、置き忘れないほうがいいと思うが。……とにかく、枢流にその意志がない以上、君に枢流は渡さない」
「……ほっほう。では、貴様が枢流への精子を提供者になると?」
「そこまではまだ決めていない」
「ふん。意志薄弱なことだ」
「では、君はどう考えているんだ?」
「知れたこと。精子などやらん。少なくとも、あいつの考えが変わらない限りはな。そして、この宇良堅信以外の人間があいつに精子をやることも許さんね」
「……もし、おれがその気になったら?」
堅信が、さらりとウィッグの髪を持ち上げた。
花の香りがふわっと香り、広がるのが見えるような甘い芳香に、思わず沙羅衣は目がくらむ。
「ふっ。止めるさ。どんなことをしてでも」
「強気だな」
「現実性が伴っているからな」
「……なに?」
再び、沙羅衣を眩暈が襲った。
なにかおかしい、と思った時には、堅信が沙羅衣の手からグラスを取り上げていた。
「こぼしたらなんだからな」
「宇良くん……君……コーラに、なにか……!」
「油断しすぎなんじゃないのか、皇沙羅衣、さん。恋敵と二人、密室にいるというのに」
沙羅衣の体から、どんどん力が抜けていく。
座ってもいられなくなり、体がベッドに横たえられた。
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