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act.3 Ver.Haruka

 応接室から出たところで、悠は廊下の先に莉音の後ろ姿を見つけた。  その佇まいは、むしろいまだ手いらずであるかのような清純さを醸し出していて、先程の出来事はまるで幻ででもあったかのように錯覚させる。  遠ざかっていく背中。頼りなさげなシルエットに、環の顔がオーバーラップした。  学校で、それは嬉しそうに莉音のことを話していた彼。  その一方で、恋人のあられもない姿を友人に見せつけるという所業を平気でやってのけるという二面性。  あのとき見た環は、いまにも泣きそうな、苦しそうな顔をしていた。  とても、恋人をその腕に抱いているとは思えないような。  しかし、夕爾の話だと莉音の方は逆に精神的に安定していったというのが不思議だった。  であるならば、環は彼のためにあんな行為を繰り返しているというのだろうか。  ぼんやりと立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれた。  振り向けば、そこには無邪気に笑う友人がひとり。 「はるか、探したんだよ〜。どこ行ってたの!」 「ごめん。沖合さんにお茶をご馳走になってて」  悠の言葉に、環はあからさまに不満げな顔をした。どうやら嫌われているという話は本当らしい。 「どんな話したの?」 「学校のこととか……そんな感じ」  なんとか誤魔化そうとしたが、これでは逆効果かもしれない、と悠は焦った。  しかし環は、ふーん、と言ったきりそれ以上は追及してこない。 「ね、それよりどうだった? りお、すっごく綺麗だったでしょ」 「そう、だね……」  あまりにも屈託のない態度が逆に闇の深さを感じさせて、悠の背中に嫌な汗が伝う。  なんだか、先程の行為を異常なことだと認識している自分のほうがおかしいのではという気さえしてしまった。  満足そうに微笑んでいる環は、ただ単にうつくしい恋人を自慢しているだけのつもりなのだろう。 「年上のくせに、あんなにカワイイなんて反則だよねぇ〜」  どう返したらいいものか迷って、悠はとりあえずこくりと頷いてみる。 「でも、りおはオレのだから。わかってるよね」  急に耳元で囁く、低い声。  驚いて身体を離すと、環からはついさっきまでの笑顔は消え、鋭い視線が悠を捉えていた。  あまりにもうつくしいその虹彩は、深淵をのぞこうとする者を拒むように妖しい光を放つ。 「誰にも邪魔はさせないから」  ベルベットのように光沢のある音で紡がれた言葉は、鋭い刃となって悠の胸を刺した。

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