10 / 22
act.5 Ver.Rio
熱など出したのは久し振りのことだった。
結局、莉音は二日間寝込み、いまも体調が優れず自室で休んでいる。
環とは連絡を取り合っているものの、このところ毎日のように会っていたので柄にもなく寂しいと感じていた。
心配する彼からのメッセージに、大丈夫、とひとことだけ送信すると、授業中であろうにも拘らずすぐに返事がくる。
画面に表示されたのは、空を飛ぶヒーローの絵文字。
彼らしいと苦笑しながら、莉音はもうひと眠りしようとまぶたを閉じた。
***
うとうとと微睡んでいた莉音は、遠慮がちなノックの音で目覚めた。
「どうぞ、入って」
寝起きの掠れた声で返事をすると、薄く開いたドアから顔を出したのは環だった。
「りお、具合はどう?」
「いや……お前こそどうしたんだよ」
いつもの笑顔で部屋に入ってきた彼の頬には、青紫の痣ができている。
「ちょっとね……はるかと喧嘩して」
「まさか、この間のことが原因で?」
顔に痕が残るレベルで殴られるだなんて、尋常なことではない。
「違うよ〜。頼んだピザを先に食べたら、アイツ怒っちゃってさ」
そんなバレバレの嘘をついて笑う環に、莉音はどうしたら良いのかわからず黙ってその顔を見つめた。
環はおもむろに着ていた制服の上を脱ぐと、椅子の背に掛ける。
「会いたかったよ。すごく」
そう呟くと、シーツをめくって莉音の隣にすべりこんできた。
抱き寄せられて、途端に身体が硬直してしまう。
環はそんな反応にも慣れたもので、気にせずバードキスを繰り返した。
「りお、身体あつい」
「ん……まだ、すこし熱があるのかも」
額に落とされたキスと、髪を撫でる手。
反射的に身をすくめてしまい、莉音は慌てて環の胸に顔を埋める。
優しく触れられると身体が強ばることに気づいたのは、付き合い始めてしばらく経ってからだった。
いまでは幾分慣れてきたものの、やはりどうしても条件反射的に環の手やくちびるから逃れようとしてしまう。
逆に、乱暴にされるとなぜか安心する自分がいて。
莉音はそんな反応をしてしまうことに戸惑いながらも、ずるずるといまの関係を続けているような状態なのだった。
「今日は、ずっとこうしててもいい……?」
環の言葉には返事をせず、黙って目の前のワイシャツのボタンに手をかける。
ただ抱きしめあったままで過ごす、たったそれだけのことに、言いようのない不安を感じてしまうから。
なにも考えられなくなるようにして欲しくて、莉音はいつも環を誘惑する。
最後の一線を越えさえしなければ、きっとこの関係が壊れることはないはずだと信じて。
ともだちにシェアしよう!