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act.7 Ver.Haruka

 殴られた傷よりも、殴った側の拳のほうがずっと痛みを引きずるものだということを、悠は初めて知った。  環は周囲に「転んで顔面を強打した」と有り得ない嘘を吹き込んでいたが、当然のように犯人が悠だということは全校中に知れ渡っている。  それでもこうして以前のように平気な顔で一緒に昼食を摂っているのだから、自分も相当な変人だと思われていることだろう。  ただ、さすがに場所は教室というわけにはいかず、立入禁止のはずの屋上に忍び込んでいるのだった。 「でね、これがイっちゃった後のりおの顔。めちゃくちゃカワイイでしょ」  環が手にしたスマホの画面には、紅潮した頬ととろんと溶けた眼をした莉音の画像。  またあのときの情景が蘇ってきて、悠は慌てて買ってきたパンにかじりついた。 「動画もあるんだけど、観る?」  すっかり上機嫌の環は、頼んでもいないのに勝手に再生しようとする。 「遠慮しとく……それより宗宮さん、まだ熱下がってないんでしょ。大丈夫なの?」  悠はなんとか話題をそらそうと、夕爾から仕入れた情報で対抗してみた。 「あー、なんかストレス? が原因で、風邪とかってわけじゃないんだって」 「ストレス……ねぇ」  環の様子を見る限りでは、ふたりの間で何かあったというわけではないらしい。 「今度、あの教会で結婚式があるんだよ。りおが伴奏することになってさ。なんかプレッシャー感じちゃってるみたいで」 「そうなんだ。あんなに上手に弾けるのにね」  人前で演奏することには慣れている感じだったが、特別なイベントだとまた勝手も違うのだろう。 「でも、いいなあ結婚式。りおがウエディングドレス着たら、すっご〜く綺麗なんだろうな」  邪気のない顔でそんなことを言われても、悠は苦笑いするしかない。    あのとき――悠が思わず彼に手をあげてしまった日――環は、自分たちはあれで幸せなのだと言い切った。  あんなに哀しそうな顔を見せておいて尚そんな風に言い張るなんて、悠には彼が痩せ我慢をしているようにしか思えなくて。  あまりにも飄々とした態度ではぐらかされるのに腹が立って、思わず暴力に訴えてしまったが、それでも環は折れなかった。  愛しているから。  そう言って笑う環に、悠はそれ以上なにも言うことができなかったのだ。 「でも、オレたち教会では式を挙げられないな……神様の教えに、背いているわけだし」 「本気だったんだね、ワタル……」  思わず茶化したが、悠はその言葉の重みに暗澹としてしまった。  誰にも祝福されない関係。  だったら秘密を知ってしまった以上、せめて自分だけは最後まで見届けてやる義務があるように思う。  ふたりがどのような道を辿るとしても……肯定してあげられるようになれたらいいな。  うえを見上げると、雲ひとつないうつくしい青空が広がっていた。

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