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act.8 Ver.Rio

 夕爾から結婚式での演奏を頼まれたとき、莉音は特に深く考えることなく了承した。  世話になっている者として当然の義務であるし、オルガン奏者の立場からは仕事の依頼を断る理由もないからだ。  だが具体的な打ち合わせが始まると、莉音はすぐに体調を崩してしまった。  原因不明の発熱は、ストレス性という診断で片付けられた。  いざ本番というその日も平熱よりすこし高いくらいだったが、莉音は当たり前のように準備を済ませて礼拝堂に向かう。  パイプオルガンの前に座っていると、夕爾が近付いてきた。なにか言いたげなのを察して、先に口を開く。   「これくらいの熱なら、支障ないですから」 「う〜ん……でも、辛かったらすぐに言うんだよ?」  頑として譲らない様子の莉音に、夕爾は仕方ないなと笑った。 「まぁ、いざとなったら環が側についてるから。一応、代わりの音源も用意しておくね」  本来なら関係者ではないはずの環は、莉音の身体を心配して式の手伝いを申し出ていたのだ。   「わかりました……すみません、気を遣わせてしまって」    こころからの謝罪のつもりだったが、それは思いのほか素っ気なく響いてしまう。  だが、夕爾は気にすることなく、莉音の頭を軽く撫でて礼拝堂を出て行った。  ふう、とちいさく息を吐いて、莉音はネクタイに手をかける。  着慣れないスーツに加え、先ほど施されたばかりのヘアメイクが落ち着かなさを助長していた。 「わぁ〜! りお、スーツめちゃくちゃ似合ってるね!!」  入口でおおきな声がして、振り向けば制服姿の環が満面の笑みで駆け寄ってくる。  しかし、途中まで来ると急にその場で固まってしまった。 「わたる?」  名前を呼ぶと、弾かれたように寄ってきていきなり腕を掴んでくる。 「え、なに……」  黙ったまま強い力で引っ張ってくる環に、莉音は戸惑いながらもおとなしくついていった。  結局、人気のない場所を探していつもの薔薇園に辿り着く。 「あ〜、びっくりした」 「いや、それはこっちの……」  言いかけたところで、急に顔を覗き込まれた。うつくしい黒曜石の瞳にじっと見つめられ、莉音は恥ずかしくなって顔を伏せる。 「りお、お化粧してる」 「あ……これ、どうしてもって頼まれて」  礼拝堂に行く前、着替え終わった新婦に挨拶に出向くと、なぜか付き添いの美容師に捕まってしまったのだ。   「やっぱり、おかしいか……?」  その場にいた人たちからは絶賛されたが、莉音自身は違和感しかない。 「ぜんぜん! まったく!! 天使みたいに綺麗!!!」  そう言うと、環は莉音の頬を両手で包んで顔を持ち上げる。 「ね、りお。オレたちも結婚しようよ」  にっこりと笑った環は、驚きのあまり動けないでいる莉音に、そっとキスをした。

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