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第4話
「そなたは、ナジムの見立てどおりのとても魅力的な人間だ。いや、想像以上と言っていい!」
そう言ってラフィークが、祐介の手を取って続ける。
「祐介。どうか俺の住む世界に来て、俺の番になってほしい」
「……は?」
「世継ぎを産んでくれたなら、なお嬉しい。そなたも子も、この俺が生涯愛し、守り抜くと誓おう!」
ラフィークが力強く言って、祐介の手の甲にキスをしてくる。
ロマンス、などとうっすら思っていた祐介の想像をはるかに越えた唐突な告白に、あっけに取られてしまう。
(……やっぱりちょっと変だぞ、この人っ?)
基本的に自分は童顔だし、男らしい容貌だとは少しも思わないが、だからといって女性と間違われるとも思えない。ゲイだから、百歩譲って番の相手にと望まれるのはまだ考える余地があるが、世継ぎを期待されてもそれは無理だ。
握られた手を引っ込めることもできぬまま、祐介はおずおずと言った。
「あの……、俺、男なんだけど?」
「ああ、知っているとも」
「いや、その、こんなこと言うのは失礼かもしれないけど、あんたも、そうだよね?」
「もちろんそうだ。だが俺は人間の性別にはこだわらないし、そなたは男を愛する者だと聞いている。何も問題はあるまい?」
「そんなことまで知ってんのっ? いや、でも問題はあるでしょ! 男同士で子供はできないでしょっ?」
「それも問題ない。人間の雄を子を孕める体に変えるくらい、さして魔力も必要ない。この俺には造作もないことだ」
「……ま、まりょ、く……?」
あまりにも非科学的なことを言われたので、一瞬ぽかんとしてしまった。
そんなチートな能力を使えるのなら、ある意味なんでもありの人生だ。男を妊娠させることなんて、余裕でできてしまうのかも……?
(……いや、ない。ないない!)
何がどうなっても、絶対にあり得ない話というのはある。たぶん、目の前の男がおかしいのか、自分が酔っぱらいすぎているのかどちらかだ。今すぐここから退散して家に帰って寝たほうがいい。
祐介はそう思い、手を引っ込めて言った。
「あの、すいません。俺帰ります!」
「? まだ来たばかりではないか」
「ちょっと、用事を思い出して……! 三毛猫も、俺が連れて帰りま……!」
言いながら勢いよく立ち上がり、帰ろうと歩き出した途端、目の前を七色の鳥が二羽、優雅に横切ったから、文字どおりくらくらとめまいを覚えた。
よろよろとその場に座り込むと、ラフィークが気づかうように訊いてきた。
「どうした、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。今日はちょっと飲みすぎてて……、ひゃっ?」
ラフィークにひょいと横抱きにされたから、思わず小さく悲鳴を上げた。
祐介を建物の中に運びながら、ラフィークが言う。
「ならば無理はするな。少し横になるといい」
「い、いや、でも……、あ……?」
運び入れられた室内がとても美しかったので、思わずきょろきょろと見回す。
壁は幾何学模様のタイルで覆われ、天井や窓はアーチ状になっていて、そこにも様々な装飾がほどこされている。
まるでアラビアンナイトの城のようだ。夢を見ているみたいな気分で眺めていたら、とても大きくて柔らかいベッドにふわりと体を横たえられた。
祐介のネクタイを緩め、ウエストのベルトの金具を外して、ラフィークが言う。
「苦しくはないか?」
「ええと、はい」
「一寝入りしてくれてもいいし、その気なら明日までいてくれてもいい。三毛猫は帰しておくから心配はいらないぞ?」
「そ、そう、言われても……」
男の祐介に、子を産んでほしいなどと言ってくる男と一緒なのだ。猫より我が身が心配だが、ラフィークは祐介が警戒しているとは少しも思ってもいない様子で、ベッドの脇に屈んでこちらを見つめてくる。
「……ああ、なんだか夢のようだな」
「ゆ、め?」
「俺はもう何百年も前から、遠い世界にそなたが生まれ、いつかこうして求婚する日を夢見てきた。まだ見ぬそなたに、ずっと恋い焦がれてきたと言ってもいい。そなたは俺にとって、運命の相手なのだ」
「……運命って……、いや、待って? 何百年て言った?」
「そうとも、愛しい祐介。そなたが我が愛を受け入れてくれたら……、この俺の番になってくれたなら、俺にとってそれは、この上なく幸福なことだ!」
うっとりとそう言われ、青い瞳で瞬きもせずに見つめられて、頭が混乱してしまう。
やはり彼はどこか普通じゃないみたいだ。
でもその目が信じられないくらい澄んでいたから、目をそらすこともできずに見つめ返す。
ラフィークが言っていることはわけがわからないが、どうやら彼の想いは真剣なようだ。心の底から祐介を求め、番にと望んでいるのが感じられる。
何がどうしてこうなったのかは不明だが、今まで誰かにこんなにも想いを寄せられ、熱烈に求愛されたことなどなかったから、思いがけず胸がドキドキしてきてしまって。
(……夢のよう、か。もしかしたら、本当に夢なのかもしれないな?)
まだ酔っているのは感じるが、ふと冷静になって、そんなことを思う。
自分みたいなごく普通の日本人の男が、いきなりこんな石油王みたいな人に求婚されるわけがないし、そもそもこの美しい屋敷にしてからが、いつの間に建ったのか覚えがなく、現実に存在しているかどうかも怪しいのだ。いったい何が起こっているのか、なんて真面目に考えるのも違う気がしてきた。
ちょっと好きだった男の結婚式で飲みすぎて、おかしな夢を見ている。
きっとそういうことなのだろう。だったらもう、目覚めるまで成り行きに任せてしまえばいいのではないか。
よくよく見てみれば目の前の男はとてもゴージャスで華麗だし、ロマンチックなことをためらいなく言う人も、率直に言って嫌いじゃない。
バイセクシャルらしいから一夜の相手としても申し分なさそうだし、このまま夢から醒めなければどういう展開になるのか、続きを知りたくもある。
投げやりというのではなく、この不可解な状況を楽しみたい気持ちになってきたから、祐介はラフィークを見つめて言った。
「……あの、ラフィーク。俺、今日、結婚式に出てきたんだよね」
「結婚式……? そなた、既婚者なのか?」
「いや、まさか! 友達のだよ。で、俺はその友達のこと、ちょっと好きだったんだ。そいつは女の子が好きだから、俺は気持ちを伝えなかったんだけど」
口に出してみると、ちょっとばかり切ない感じだ。ラフィークもそう思ったのか、ためらいを見せながら訊いてくる。
「……それはつまり、忍ぶ恋に身を焦がしていた、ということか?」
「え、と、そこまでじゃないんだけど、まあそんなとこ? 俺、よくあるんだよ、そういうことが」
祐介は言って、小さくため息をついた。
「でも、その恋も今日で終わった。そういうときはどうするかっていうと、とにかく飲みまくる。あと、二丁目でワンナイの相手を探したりとか」
実際にそこまでしたくなるほど哀しかったことは過去にそれほどなかったが、ノンケの男に失恋したあと気持ちを吹っ切るのには、それは悪くない方法だった。
意味がつかめなかったのか、ラフィークが首をかしげて訊いてくる。
「わんない、とは、何かの儀式か?」
「はは、そうそう、そういうやつ! そうやって、終わった恋を忘れる。あんた、俺のことそんなに気に入ってくれたなら、俺の一夜の相手になってくれない?」
普段だったら、初対面の相手をそこまで露骨に誘うことはないのだが、これは夢かもしれないと思うと少しばかり大胆になる。ラフィークが思案げな目をしてこちらを見つめ、探るみたいに訊いてくる。
「……俺の聞き違いでなければ、もしやそなたは、この俺と一夜限りの契りを結びたいと、そう言ってくれているのか?」
「えっ、ち、契り……?」
「なんというか、話が早くて助かると言えなくもないが……、さすがに今すぐ子をなそうというのは性急すぎるのではないか? 誤解をさせたのなら謝罪するが、俺は世継ぎだけを欲しているわけではない。生涯愛し合い、慈しみ合うことのできる伴侶を求めているのだ。決してそなたを子産みの道具に貶めたいわけではないのだ」
「……???」
自分の言っている「一夜の相手」とラフィークが考えているそれとが微妙に食い違っているのを感じて、首をかしげる。
発情期がある動物というわけでもないのだから、そんな一発必中を狙うみたいなことができるわけもない。というか、そもそも男同士なのに……?
「い、いや、そういう意味じゃないよ。もっと気軽に……、ほら、付き合ったりする前に、とりあえず体の相性を確かめ合う、みたいな? この人どんなHするのかなとか、この人となら次の恋に行けそうかなとか、そういうのあるじゃん?」
どう言ったらいいのか考えながらそう言うと、ラフィークが言葉の意味を吟味するように黙った。それから何か気づいたように笑みを見せる。
「ほう? つまりそなたは、終わった恋の相手とやらを、俺が忘れさせられるのかどうか確かめたいと。そう言っているのだな?」
「そう、なるのかな?」
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