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君の苦しみも

 ゆっくりと。  睦月の指先が離れる気配がした。  それと同時に、嗚咽が風に交じる。  ようやく上げた視線の先には涙でぐちゃぐちゃに濡れた睦月の泣き顔があった。  寒さで朱色に染まった指先が悔しそうにキツく握りしめられて震えている。 「……ご……めん……」 「……大丈夫。でも、触れようとしてくれて、ありがとう」  きっと、自分の弱さに一番苦しんでいるのは睦月自身だ。  声が出せなくなった時、今でこそ毎日持ち歩いている電子パッドを「使いたくない」と言ってちゃんと声が出せるようにと陰で人一倍、努力していたのを俺は知っている。  思うようにいかない状況にトイレに籠もって一人で泣いていたこともあった。  そんな風に自分に苦しんで苦しんで、涙を流していた睦月の気持ちを、俺は、知っている。  俺だけは知っていた。  悔しさに静かに泣く睦月を目にする度に、自分の不甲斐なさが嫌で嫌で仕方なかった。  気にしなくていい。  睦月が悪いんじゃない。  そう言葉を繰り返して。それしか言うことが出来なくて。 「……睦月、帰ろうか」  でも。  だからこそ、俺が睦月を支えてあげなければ。  いつか、心にある深い傷跡がかさぶたになって。  睦月が睦月として、ありのままに過ごせる日が来るように。 「帰ったら、温まるシチューでも作るか。ほら、帰るぞ」 「……うん」  大切そうに本の袋を抱き抱えたまま、睦月は小さく頷いた。  それを見届けてから家への道を歩き出す。  吐き出した白い息が空へと吸い込まれていく中。  隣を歩く睦月との距離は相変わらず大人一人が入れそうなほどの距離だったけれど。  きっと前よりも少しだけ。  一ミリだけでも睦月との距離が縮まったような気がした。

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