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遠い距離

 それからただ一人、暗い夜道を呆然としながら歩き続けた。  寒いという気持ちもなく、思考はぼんやりとぼやけて、心だけが時間に置いていかれているようだった。 「……ただいま」  玄関のドアを開けて中に入る。  先程までの賑やかさは既になく、シンと静まり返った廊下があるだけだった。  暫くしてからパタパタとスリッパが床を蹴る音がして、居間の扉が開く。 「ユキ、おかえり」  睦月のいつもと変わらない笑顔にズキリと胸の奥が痛んだ。 「ただいま……。片付け、もう終わったか? 終わってないなら、俺も手伝――」 「雅と、なにか、あった?」 「――……」  睦月のその一言に俺は言葉を失った。  純粋そうな琥珀色の瞳に見つめられて、この場を逃げることが、誤魔化すことが出来なくなる。 「……なに、って……」 「モールのときから、ユキ、おかしかった」  そんなに最初からこいつは気づいていたのだろうか。  それとも俺が隠すのが下手だったんだろうか。   どちらにしても、確かにモールの一件以降、雅を変に意識してしまい、睦月への気持ちに罪悪感を抱いてしまって、まともに接することができていなかった。 「……雅に……告白、された……」 「…………」  睦月の沈黙が、怖い。  怖くて怖くて、俺はその間を誤魔化すように言葉を続ける。  続けるしか、なかった。 「でも、俺……雅のことは本当にいい親友だって気持ちしかなくて……。だから、受け入れて、やれなかった……」  親友。  そう思っていたのは、俺だけだったのだろう。  雅は俺の隣で笑いながら。  睦月を想う俺を見つめながら。  どんな風に思って、どれだけ傷ついてきたのだろうか。  人の気持ちは簡単には動かせないからこそ、ずっと。  いや、きっと、言わずにいるつもりだったんだろう。  あの、モールでの一件さえなければ。  もしくは、どこかでこうして雅に告白されていたかもしれないけれど。 「……そっ、か」  睦月はその一言だけをぽつりと零して、顔を俯かせる。 「……でも、受け入れられなかったのは、雅が親友だからって理由だけじゃなくて……俺が、他に――」 「ユキ」  矢継ぎ早に言葉を続けようとする俺の声に、睦月の声が遮るように発せられた。  その声色は、いままで聞いた睦月のどの声よりもずっと静かで、だけれど厳かで。 「ユキ、今日はもう、休もう?」  行き場を失くした言葉(オモイ)が、喉の奥に呑み込まれて、形にならず崩れる。  それを強引に伝えようという勇気も度胸もなく、俺は曖昧に笑って睦月の言葉に頷いた。  近くなりかけてたように感じた距離が……今は、とてつもなく遠く感じた。

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