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朝焼けに揺れる言葉
「うぅ〜……マフラーつけてきて良かった……」
「ユキ、こっち、こっち」
寒さで震える俺とは違い、睦月は楽しそうにフェンスの方へ駆けていき、こちらに手招きする。
誘われるまま俺も足を踏み出し睦月の方へ向かった。
霜で霞む中、所々に散らばる街の灯りに目を細めて、冷たい空気を吸い込む。
その場によっこらせと腰を下ろすと少し離れた所に睦月も座り込んで膝を抱えた。
東の空の向こうが少しだけ白く染まっていて、もうすぐ夜明けが来ることを教えてくれる。
「ねぇ、ユキ……」
「うん?」
不意に風に聞き慣れた声が交じって、空から視線を外して隣に座る睦月へ向けた。
風に靡く栗色の髪が青白い夜明けの光に照らされて、金色に煌めいて舞い踊る。
「…………」
「睦月?」
光に染まる世界の中、隣に座る睦月があまりに儚く見えて。
そこにいるはずなのに、なぜか、その朝焼けに呑まれて消えてしまうような気がした。
「……このまま死んだら、ユキに触れることが、出来るのかな。ユキとちゃんと愛し合えるのかな」
「…………え?」
風に紛れて聞こえた睦月の言葉があまりに現実味のない音になって、俺の心に突き刺さる。
風の音の方がずっとうるさいはずなのに。
俺の耳には確かに。
睦月の言葉が木霊するように響いていた。
「ねぇ、ユキ。もしも俺が死ぬまでに、触れ合うことが、出来なかったら……」
聞きたくないと思うのに、まるで金縛りにあったように言葉を発することが出来ない。
睦月の言葉を止めることができなかった。
「……俺が死んだあと、ユキは、俺のことを抱いてくれる……?」
「……な、に……言ってんだよ……」
やっと絞り出した言葉は掠れて、ちゃんと睦月の耳に届いたかは怪しかった。
俺の心までも覗き込むように、じっとこちらを見つめる琥珀の瞳から、目を逸らせない。
逸らしてしまったら、睦月が目の前からいなくなってしまうような気がしたのだ。
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