104 / 166

漂ふ孤独

「死んだらって……そんときにはもう、睦月と同じ歳だぞ……。流石に無理だろ……」 「……そうだね」  俺の言葉にささやくほど小さな声が返ってくる。 「でも、もしもユキが若いうちに、俺が死んだら……ユキと手を繋いだり、キスしたり、その先だって出来るのかなぁって……」 「…………」  睦月の言葉が、重く、重く、心に響く。  鈍器で殴られたように視界がブレる。  だって、その言葉に含まれているものは―― 「生きているうちは、きっと、ユキに触れられない。自分で、わかる。あの窓越しに触れた日、好きだって、思っていたはずなのに……凄く、ユキのこと、怖かったから……」 そりゃあ、怖いだろう。 むしろ、あのときはよく頑張ったと本気で思う程だ。 「俺が触れられないのは、仕方ない……。でも……ユキは、ずっと……苦しいままだ……」 「そんなこと……」  そんなことないと、俺は、口にできるのか……?  睦月は人一倍、人の感情に敏感だ。  なら、先ほどの俺の気持ちも……感じ取ってしまったのではないのか……? 「手も繋げなければ……キスも、出来ない。まして、その先なんてもっと出来ない」 「そんなの……気にしなくていい……」 「俺は、気になるよ。やっぱり好きな人と、ちゃんと触れ合いたいし、愛し合いたい」  そういって笑みを浮かべる睦月の表情は、今までで一番……寂しそうに見えた。  何か言わなければいけないのに。  頭の中に言葉は浮かんでこなくて。  柔らかい光の矢が空を貫いて霜で霞む街を照らしている。  年の始まりを告げる朝焼けはとても優しくて。  それなのに、とてつもなく冷たかった。 「……むつき――」  浮かんでこない言葉の代わりに名前を呼ぶが、聞き慣れた着信音に掻き消されてしまった。 「……スマホ、鳴ってるよ」 「…………」  無機質に音を奏でるスマホをコートのポケットから取り出して画面へ視線を落とす。  そこに並ぶ「七森 雅」という文字にこのときだけは酷く安心してしまった。  安心してしまう自分がいたことが、一番、怖かった。 「ユキ、出ないの?」 「あ……うん……」  俺は恐る恐る画面をスワイプして電話に出る。 「もしもし――」 『ユキー! おっはよう! あけおめ!! 朝早くから電話悪いなー!』  無駄に元気のいい雅の声が鼓膜を揺さぶって、思わずスマホを耳から遠ざける。  なんでこいつは朝っぱらからこんなに元気なんだ……。

ともだちにシェアしよう!