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声が聞きたい

 その日の夜。  お風呂から上がって部屋に戻ると、聞き慣れたメロディーが耳に入った。  慌てて机の上にあるスマホを手に取って画面を確認してみると睦月の名前が映っていたので、スワイプして電話を出る。 「もしもし」 『こんばんは』 「こんばんは、睦月。どうした?」  こうして電話で話すのがここ最近は当たり前になっていることがなんだか嬉しくて、声が弾んでしまう。 『えっと、用があったわけじゃ、ないんだけど……』 「?」 『声、聞きたかったから』  さらりと言われた言葉に、一瞬、頭が真っ白になって返事をするのを忘れてしまう。 『ユキ?』 「え? あ、うん。えっと、ありがとう」  嬉しいという気持ちは心の中を埋め尽くすほど溢れているのに、脳が追いついてこず、素っ気ない言葉を返してしまう。  いや、だって……。  え? は? 声が聞きたかったって……。  恋人っぽい会話に口元が緩む。  やばい……どうしよう。  睦月が目の前にいないせいで、いつもより頬の筋肉が緩んでしまって、ニヤけそうになる顔を引き締められない。 「ちょ、ちょっと、ごめん。ちょっと待ってくれ」 『え? う、うん』  流石にまずいと自覚して、頭の中でリピート再生される言葉を必死に停止させた。 「ごめん。もう大丈夫。うん、大丈夫」 『うん? 大丈夫なら、いいけど。変なユキ』  訝しむような声が電話口から聞こえて苦笑が漏れた。 「……悪い」 『ううん。全然』 「でも、俺も睦月の声聞きたいって風呂でずっと考えてたから、こうして声が聞けて嬉しい。電話ありがとう」 『…………』  今度は睦月の方が無言になってしまった。

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