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忘れたい過去
◇ ◇ ◇
雅の話を聞くために遅くなることを伝えようと、一度睦月に電話をしてみたが繋がらなかった。
仕方なく駅前にあったカフェに入り、雅と一緒のカフェオレを注文する。
「それで、睦月の父親について何が知りたいんだ?」
店内に流れる優しいクラシック音楽に耳を傾けながら、未だ俯いて黙り込んでいる雅からの返答を待った。
「……その、睦月の父親って、八年前くらいに確か育児放棄がバレて捕まったんだよな?」
「育児放棄っつーか……ネグレクトしてたのは母親だな。父親は睦月に性的虐待やら売春をさせてたんだ」
一応、雅にも睦月の事情については嘘偽りなく話してはいる。
この話を聞いたときに、雅自身もかなり怒っていたのを今でもよく覚えていた。
「あー……うん、そうだったよな……」
「それがどうかしたのか?」
「…………前に聞いた話だと、もう、出てきてる頃だよな?」
「………………」
雅の言葉に、すぐに返事を返すことが出来なかった。
今まで、睦月の両親に関してはなるべく存在ごと忘れるようにしていたし、一生関わり合うことなんてないだろうから、気にしないようにもしていた。
それが睦月と俺にとって一番必要なことでもあったし、忘れることでしか前に進むことが出来なかったからだ。
当時、両親が捕まってからも、睦月はずっと精神不安定で、夜中に突然泣き喚いたり、フラッシュバックを起こして叫び出したりしていた。
触れることが出来ない俺は、とにかく「大丈夫、大丈夫」と何度も何度も繰り返して、睦月のそばにいてやることしか出来なかった。
あんな過去は、忘れなければいけない。
忘れないと、睦月はこの先に進めない。
だから、記憶を上書きするように、俺はひたすら睦月のそばに寄り添って、自分に出来る全てのことをやり尽くしてきた。
その成果もあってか、睦月は本当に少しずつ……少しずつ、良くなっていって。
中学最後の冬に、やっと学校に行けるようになった。
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