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死なないで

ずっと不安そうだった睦月の表情がふわりと緩む。  時々傷が痛むのかその顔が苦痛に歪むが、それでも本当に嬉しそうな表情をしていた。 「睦月、待ってろ。今、救急車を――」 「ユキ……いい。いら、ない」  スマホの画面を弄って急いで電話をしようとした矢先、睦月の手がそっとそれを押し留めた。 「いいわけないだろ!!」 「――いい……。たすからな、い、から」  ――たすからない。  その言葉に俺は何も言えなくなってしまった。  確かに、おびただしい血の量を見ると、むしろ死んでいないのが不思議なほどだ。  それでも、一縷の望みをかけて助けたいと思ってしまう。  だけれど、そんな俺の考えは、次に発せられた睦月の言葉にかき消されてしまった。 「最期くらい、ユキと、二人きりが、いいなぁ……」 「……っ、むつき……頼むから、死なないでくれ……おねがい、だから……っ」  あとからあとから溢れてくる涙が、睦月の頬に落ちていく。  泣きじゃくる俺を宥めるように、握っていた手に力がこもった。 「ユキ、ごめんね……。こんな、おれで……」  睦月が申し訳なさそうにそう囁く。  痛む傷口への苦痛とはまた違う、とても辛そうな表情をしていた。  琥珀色の瞳には涙が滲み、悲しげに目が伏せられる。  その表情を見ていると何に対して謝っているのか、嫌でもわかってしまった。  過去(あの日)も同じ表情をして、同じように、俺にこうして謝ってきたから。 「それは睦月が悪いんじゃない! 謝ることなんてないし、気にしなくていい……! どんな睦月でも、俺はずっと大好きだから……っ」 「うん……ごめん、ね」  こうして言葉を並べても、睦月はまだ申し訳なさそうな表情を崩さなかった。  本当に睦月が悪いわけではないのに。  そんな顔をしてほしくないのに。  睦月の中にある罪悪感が睦月を苦しめてしまう。

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