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君を、救うこと

「もう、いいから……無理して喋らなくていい……ちゃんと、そばにいるから。な?」  喋っているだけでも、息をするだけでも、苦痛が伴うはずだ。  その額には脂汗が滲んでいて、顔が真っ青になっていた。  睦月にこれ以上苦しんでほしくない。  せめて、最期くらい、安らかに眠ってほしい。 「ねぇ、ユキ……ひとつ、おねがいしても、い、かな……」 「……なんだよ? 俺にしてやれることなら、なんでも言ってくれていい。睦月のためならどんなことでも――」 「このまま、おれを、ころしてほしい、な。どうせ、たすから、ないし、くるしい、から……」 「――――……」  睦月からの頼みに、頭が真っ白になる。  言葉を紡げなくなる。  頬を涙が伝って、その流れ落ちる感触すら遠く感じた。  俺が、睦月を、殺す……?  そんなこと―― 「そんなの出来ない……っ! 睦月を殺すなんてできるわけ無いじゃないか!!」 「ユキ……おねがい……。ほんとうに、くるしく、て……。らくに、なりたい」  睦月の荒い呼吸と額に滲む汗に、その苦痛の大きさがどれほどのものなのか、わかる。  だからこそ、睦月を思うなら、この苦しみから救ってやらなければ……。 「…………わ、かった……」  俺の返事に睦月の表情がふっと緩んだ。  そのまま手にしていた大きめのダガーナイフをゆっくり視線で指し示す。 「……っ」  スマホを脇に置いて、床に転がっていた血塗れのナイフを手に取る。  大きいと言っても重量のある鉄の塊というわけではない。  けれど、手にしたそれは、ずっしりとした重みを感じた。  睦月を殺すために握りしめたもの。  続く苦痛から救ってやるためだとわかっていても、握りしめた手が震えた。  ――お、れは……失いたくないと願っている大切な人を、殺すのか……?  ずっと、一緒にいようと言った相手を。  やっと、心が通じ合った恋人を。  ようやく触れられるようになった、睦月を――その痛みから救ってやるために……?

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