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第8話

「なあ、あんたはいつから俺のことを好きになったんだ」  危うい足取りで蔵の外へと移動しながら、安吾は尋ねた。  長時間床に座り込んでいたせいか、やけに関節ががくがくしている。話でもして気を紛らわせていないと姿勢を保てないほどだ。 「わからん。気付いたら好きになってた」 「わからんって、あんたな……」  溜息をついて一緒に気が抜けたのか、足元がぐらついてバランスを崩す。慌てて洒落が安吾の体を支えたおかげで躓かずに済んだ。  先程からどういうわけか頭が重くて体に力が入らない。体が異様に疲弊している。 「あーぶーなーい。今の安吾は魔力をたくさん使ったせいでふらふらしてるんだから。落ち着いて」 「そんなことより……なあ、なら、いつ気付いたんだ」 「……安吾。話聞いてないでしょ」  むっと唇を尖らせた洒落は、支えている安吾の体を抱え上げてしまう。  「うわっ!?」と安吾は小さな悲鳴をあげるも、洒落は構わず蔵へと踵を返した。  壁にかけてある木札をひとつ手に取り、錠前に差し込む。  がちり。続けて戸の向こうで、かち、かち……と金属音が重なる。  再び、両開きの戸が開いた。  落ち着いた暖色の照明が光の粒のように部屋の中を照らしている。目の前に広がっているのは薄藤の布だった。ベッドヘッドには葡萄色の枕とクッションが並んでいる。どこまでも――部屋一面がベッドであるかのように――シーツの海が続いていた。  安吾はそっと、ベッドの真ん中に体を下ろされた。 「はあ……」  体がベッドに触れた途端、思わず吐息を漏らす。  今まで体感したことのない優しい感触が体を受け止めてくれる。シーツが柔らかいおかげなのか、その下のマットレスの効果なのか……一気に体が疲労を意識したのがわかった。 「少し体を休めないと駄目。今日は泊まっていって」  安吾は柔らかい寝具の誘惑に負けて頷いてしまう。  横になっている安吾の隣に洒落も寝転がった。体の一部をくっつけて、「むふふ」と幸せそうな笑い声を漏らす。  ベッドが微かに揺れた衝撃で、ふわりとベッドから香りが立つ。洒落の匂いがした。 「む……」  むず痒いような、居たたまれない気持ちになる。それまでまったく意識していなかったことが気になってきた。  思いを繋げたわけだからというわけではないが、魔力が不足しているのは洒落も同じで、つまり――このまま抱かれてしまうのだろうか。 「……」 「安吾? どうした」  もぞもぞと洒落が移動して、安吾の顔を覗き込もうとする。安吾は咄嗟に顔をシーツに埋めて顔を隠した。 「なんでもない。俺はもう寝る」  抱かれたいと思ってしまったなどと、とてもではないが口にできない。  こうまでも洒落に対して欲深になるのは、使い魔や魔女の魔力のせいだけではないようだ。  自分がとてつもなく恥ずかしくなって手足を小さく丸めた。 「……もう、寝ちゃう?」 「!」  隠しきれなかった耳に、洒落が唇を近付けて尋ねる。  どこか熱っぽく擦れた声だった。  安吾はほんの少しだけ顔を浮かせて洒落の様子をうかがう。  様々な感情がまぜこぜになって、今にも溢れてしまいそうな顔をしている。相手を思いやりたい。けれども自分は反対のことを望んでいる。八の字の眉はそういった矛盾の象徴なのだ。  可愛い顔をしている。安吾は迷わずそう思った。 「寝てほしくないのか」 「……いや、そういうわけじゃ」 「どっちだ」 「……」  洒落は悩みながら唸り声をあげた。その隙に、安吾は静かに体の角度を変えて向き直る。 「いいぞ。洒落の好きにしても」 「でも……」 「俺の体調が気がかりなら、一度だけ」  それでもなお煮え切らない様子の洒落に、「……俺は、したいんだが」と耳元に返してやる。羞恥を押し隠すように控えめな声で囁いたつもりだが、緊張のせいで震えていたかもしれない。だが洒落を煽るには十分だったようだ。 「じゃあ……お互い、一回イったらおしまい。それでいい?」  安吾が頷くや否や、ぺろりと唇が舐められた。犬のように丁寧に舌が往復したかと思うと今度は唇の隙間に舌先が潜り込もうとしてくる。安吾がわずかに口を開いてやると安吾の舌に絡みつく。 「んあ……ん……」  ちゅく、ちゃむ、と唾液が混ざる音が淫猥に聞こえてきた。  音から逃げたくとも、耳も塞げなければ洒落の舌から離れることもままならない。安吾はされるがまま、舌の動きに翻弄されていた。 「……安吾って、真面目なのにすけべだよね」 「は……?」 「どこを触っても舐めてもすぐに気持ちよさそうな顔してくれるし、今もすごく蕩けた顔してる。可愛い」  蕩けた顔。言われて、安吾はだらしなく口が開いたままだったことを自覚した。慌てて顔に力を入れるも時すでに遅し。口の端から溢れかかっていた唾液を舐め取りながら服を脱がされる。 「大丈夫。いっぱい気持ちよくなって。わししか見てない」 「それのどこが大丈夫なんだ……あっ?」  胸の尖りに洒落が触れた瞬間、妙な感覚が走った。あまりにも微妙なものでどういった感覚なのかは掴めなかったが、けして悪いものではなかった。 「……気持ちいい?」 「ち、違う、今のは……っ」  安吾の反応に腹を撫でていた指が乳首に触れる。指の腹で先端をくすぐられて、居ても立っても居られなくなった。 「ん、ううっ、そこ、触るのやめろ……!」 「なんで? ここ、すごく気持ちよさそう」  身を捩らせて何度も体の向きを変えても、洒落は触り続けている。  それどころか、にわかに勃ちあがった乳首を咥えて吸い付いた。 「う、わっ……! ちょっ、う、んん、ふ」  指とは違う舌先で弾かれる。気を付けていないととんでもない声を漏らしてしまいそうで、安吾は唇をきつく引き結んだ。  自分が乳首で気持ちよくなれる人間だとは知らなかった。自分で乳首を弄る姿を想像してみるがどこか滑稽な気がしてならない。多分――これは洒落が触っているから気持ちいいのだ。 「……安吾、さっきわしに、いつから自分のことを好きになったのか聞いたな」 「う……?」  唇で先端を食みながら上目遣いで尋ねる洒落。まるで甘えて乳に吸い付いているようで可愛らしい。  そんなに可愛らしい容貌で、洒落はとんでもないことを口にした。 「安吾は? 安吾はいつからわしのことを好きになった?」 「……!」 「わしだけ言わせて自分は黙ってるのは、ズルいなあ?」  同じ上目遣いだというのに、丸い目が少し細くなるだけで不思議と印象が変わってしまう。優しく可愛いだけではない、彼の別の側面が垣間見えるようで安吾はぞくぞくと肌が粟立つのを感じた。唇を結ぶだけでは足りず、歯を食いしばって言葉を選び選び、言う。 「わ、からん……気付いてたら、だ」 「むう」  洒落の真似をして答えたことが気に入らなかったのか、洒落の頬がぷくっと微かに膨れた。 「……本当のこと、ちゃんと教えて。好きって言ってくれたみたいに」 「うあっ……」  ただでさえ敏感になっている乳首に軽く歯を立てられた。安吾は小さく悲鳴をあげたが洒落は緩急をつけて噛み続けている。さらに胸筋をやわやわと揉まれ、吸われていない片方の乳首は洒落の手のひらでこね回された。さながら仔犬が母犬の乳を求めておこなうマッサージだ。  噛むのも揉むのも、力の加減はされているものの、なにかのはずみで噛み千切られてしまいそうな恐怖が一瞬頭をよぎる。  それなのに、痛みよりも恥ずかしさよりも、快感が頭ひとつ飛び出て勝ってしまう。 「おいっ、も、やめろ、それ以上、そこ弄るなっ、あっ」 「ん……」  じゅる、と音を立てて吸いながら、洒落はちらりと視線を安吾に向けた。言葉はないが、明らかに安吾の言葉を待っている。  安吾は快感に揉まれながら必死で言葉を探った。 「た……多分……初めて見かけたとき……本を読んでるところ」 「そんな最初から? 本当に? わ、ちょっと嬉しい……いや、かなり嬉しい」 「ちょっと、もう、黙ってろ……」  正直に告げるとそれだけで頭の中が空になってしまったようで、それ以上の言葉が出てこない。  せめてもの抵抗とばかりに腕で顔を覆ってしまう。 「教えてくれて、ありがとう。そっか、一目惚れしてくれたんだねえ、安吾」 「違う。そういう意味じゃない、ただ、惹かれてたってだけで……もう、いいだろ……」 「うん。わし、すごく嬉しい。なあ、もっといっぱい話して?」 「は、あっ……!?」  洒落は最後に乳頭を舐めてようやく唇を離した。代わりにそっと安吾の下半身に触れる。先程までの愛撫のおかげで股間は見てわかるほどに屹立していた。 「ここ……勃ってる。話しながらずっと腰を揺らしてた。擦り付けたり、ズリズリ打ち付けたりしちゃって……声を出した方が興奮するっていうやつ?」 「それは……意味が違うような……」  安吾は突っ込みを入れて腰をくねらせた。張り詰めた布の上からよしよしと撫でられるのがもどかしい。  すっかり高ぶった安吾にはそれだけでは物足りない。もっと直接的な刺激がほしいと、安吾はそっと洒落の手に手を重ねて下着の中に誘い込む。 「やっぱり安吾はすけべ」 「……すけべだろうがなんだろうが、俺をここまでさせたんだ。洒落が責任をとれ」 「もちろん。でもね……一度だけだから大事にしないと」  洒落の手は下着の中からするりと抜けて、下着とパンツを同時に脱がしにかかった。  しっかりと勃起して先走りすら溢れさせている陰茎を洒落にまじまじと見られてしまう。 「安吾……わしも、安吾に言ってなかったこと教えるよ」  囁く声がやけに熱っぽい。洒落も興奮しているのだ。 「使い魔の魔力には特徴がある。一緒にいた使い魔の中には相手を眠らせたり、一時的に体を強くしたり……みんなそれぞれ違った能力があって……」  目の前で帯と紐を解き、着物を身から落とす。着物の下から現れた赤いスタンドカラーのシャツも、やや古めかしい下着もシーツに放られた。 「わしの魔力は『魅了』。発情させたり高ぶらせたりすることができる」 「なっ!? ……って、ことは、あんた……!」  やはり気のせいではなかった。安吾は思わず洒落の目に注目した。  深く優しい色をした美しい双眸だ。蕩けて揺らめく、熱っぽい輝きが湛えている。惹かれてやまない不思議な力はここから発せられているのだろう。 「まさか、その、魅了っていうやつのせいで……俺がこんなことになって……」 「そんなことはない。元々安吾は立派なすけべだから安心して」 「おい」 「でも、わしは今までこういうことに使ったことがなかったから。具合とか調整とかがよくわからなくて……安吾に迷惑をかけたかもしれない。ごめん」  困り眉の洒落には敵わない。  これはけして魅了の力ではない――と思いたい。安吾の心から湧いた気持ちであると信じている。  安吾は溜息をつくと、わざと顔を背けて言った。 「……洒落のことを思い出す度に体の奥が疼いて堪らなかった。俺がおかしくなったのかと思うくらい……洒落に魔力を渡すことばかり考えてた」 「すまん……」  しゅんと項垂れる洒落に一瞬だけ目をやって言葉を続けた。 「だから俺をこんな風にした責任とってもらう」  「……気持ちよくしてくれるんだろ」と小声で呟けば、洒落が嬉しそうに顔を近付けてくる。安吾は背けていた顔の向きを変えた。  合わせるだけの可愛らしいキス。何度も何度も、くっついては離れ、ときどきつまみ食いでもするように啄む。 「いっぱい、責任とるから。安吾も気持ちよくなってね」  洒落の目が妖しく煌めく。  ――これでどれだけ卑猥な言葉を吐いても許される。洒落に魅了されているのだから。魔女は使い魔の魔力がなければ魔法を使えないように、安吾は洒落の魔力に逆らえない。  安吾は喉を上下させて小さく笑った。 「ん……」  洒落の手が安吾の陰茎に這い回り、指に先走りを絡めると後孔に指先を押し当てた。  まるで別の器官のように柔らかくなったそこはあっさりと指を飲み込んだ。 「ん、ぐ……なあ、これ、これも……洒落の力が関係して……るのか?」 「ここが柔らかいことなら、そうだよ。わしの魔力が効いてるからこんなにやらしくなってるの」  洒落は楽しげに語りながら挿入する指を二本、三本と指を増やしていく。  指先を小さく曲げてかりかりと掻かれる。陰嚢のすぐ裏側の内壁を押されると、体が勝手に跳ねて嬌声をあげた。 「ひっ、ん!? あ、そこ……触られると、なんで……?」 「ここ、性感帯なんだって。触れば気持ちいい場所。でも、ここばっかり触ってたら癖になっちゃうから一緒にこっちも触ってあげないといけないんだってさ」  「本で読んだんだ」と、後孔の指を動かしたまま、今にも射精をしてしまいそうなほど赤くなった陰茎をつつく。 「は、あう、洒落、どっちもは、駄目だ……か、勝手に、射精しそうになる……」 「ん? なら、やめておく?」  ぬるりとした音をたてて指がゆっくりと引き抜かれていく。 「そ、それも……嫌だ」 「……締めちゃって、可愛い。でも駄目」  行かないでくれと指を締め付ける後孔から、容赦なく指を引き抜く。  爪の形まではっきりわかるほど締めた指が抜かれる感覚にまで快感を拾って、安吾は小さく呻いた。  その間に、洒落が体勢を変えた。安吾の足を抱えて密着して後孔に亀頭があてがわれる。 「ねえ、安吾。一緒に気持ちよくなろう?」 「うん。うん、いいから……早く、入ってこい。洒落」  安吾が涙を滲ませて頷いたのを合図に、腰が軽く持ち上げられた。  先走りと体液と――互いの魔力で濡れた後孔に待ち望んでいたもので貫かれる。  初めて繋がったときと同じく、快感だけが神経に伝わっていく。ぶわりと脳内に幸せ物質が流れ込むのがわかった気がした。 「あ、あ、あっ、はああ……」  歓喜の息を吐くとタイミングを合わせて洒落が腰を進めた。  根本まで猛りを収めて、今度は安吾が落ち着くのを待ってくれる。 「ふっ……んふふ、顔見えるの、変な感じ」 「はっ、ん……ああ、前の、ときは……見なかった」 「今は軟膏使ってないし、大丈夫。ちゃんと見えるよ」  鼻息で笑って、洒落は嬉しそうに安吾の顔を撫でる。  手のひらの心地よさに安吾は思わず目を細めた。そしてお返しとばかりに安吾も洒落の頭に手を伸ばす。  ふわふわの毛は癖が強いが触り心地は悪くなかった。ふと、ロイド眼鏡が指に触れて鼻からずり落ちそうになる。 「眼鏡……取るか? でも、取ったら見えなくなるか」 「……外しとく」  安吾は丁寧にロイド眼鏡を折り畳み、離れた場所に置いておく。  遮るもののなくなった洒落の目元に指を這わせた。 「綺麗だ。こっちの方がよく見える」 「……安吾ってさ。人のことはストレートに言うんだから、もー」 「――怒ったか?」  洒落は安吾の手を取って口元に持っていき、小さな音をたてて吸った。 「いや。いっぱい気持ちよくさせてやろうって思っただけ。もう、いい? 動いていい?」 「ああ、早く、んっ……? あっ、う、こら、いきなり……!」  乱暴に突き上げられ、結合部から猥雑な音が響く。肉がぶつかり合うような、水が跳ねるような、なんとも複雑で卑猥な音だ。咄嗟に耳を塞ぎたくなったが両手が洒落の手で塞がれている。 「あっ、あ、ふっ、んん……」 「……ああ、そうだ。癖になっちゃうから、前も触ってあげるね」 「へ、あっ、い、今は駄目だ、今、触ったら……っ!」  片手が解放され、勃起した陰茎に指が絡みつく。  先走りからは白いものが混ざりかけて射精の瞬間を待ちわびている。 「あ、あ、あ、どっちもは、駄目っ、すぐ、イっ……出る、からぁっ」 「うん、今……中も、すごく、きゅんきゅんしてて……はあ、わしも、すぐ、出そう……」  ぐるる、と喉が鳴っている。洒落も興奮しているのがわかる。  安吾はごくりと溜まった唾液を飲み込んだ。 「洒落、洒落、もっと、もっと奥まで来い、来ていいから……!」 「……ん」  頭上で洒落が息を詰めたのを契機に、がつんとさらに内壁を掘削された。まるでまだ先があったのだと言わんばかりだ。まるで獣のように腰を打ち付けて押さえつける。  だというのに、洒落の顔はなにかを堪えるように困り眉を作ったままで―― 「か、はっ……あ、洒落……」  安吾が名前を呼ぶと、「なに?」と言いたげに顔を近付ける。  好きだ。  そう思いながら、自らも顔を寄せて洒落に口付けた。

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