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第5話

その日も弁当こそは2、3人の友人と食べていたが、食べ終わって教室を出ていく友人たちと別れて自席で本を広げた邦彦に時生が話しかけた。 「何読んでんの?」 邦彦が、珍しい生物を見るような目で時生を見た。 「何?」 「いや、だから、何読んでんのかなって」 邦彦は黙って本のカバーをずらし、表紙を見せた。ちょっと古いアメリカの社会派ミステリーだった。 「あ、知ってる」 そう言った時生をまた珍獣でも見るように目を眇めて邦彦が見たので、時生は急いで言葉を継いだ。 「お袋に借りて読んだ、中学ん時。でも難しくて途中でやめた」 「へえ」 「お前、面白い?」 「うん、うちは親父が貸してくれた。ホームズを全部読んだって言ったら、こんなのも読んでみろって。分厚いからどうかと思ったけど、面白いよ」 邦彦とこんなに話したことが無かったので、時生は単純にうれしかった。邦彦の声が、背が高くて筋肉質な体に似合う低めのバリトンボイスなのも、耳に心地良かった。 ニコニコしながら自分の話を聞いている時生を見て、初めは変な奴だと訝っていた。だが、今風に軽い感じに整った時生の顔は特に何も考えてなさそうな能天気な雰囲気で、邦彦は今まで付き合ったことのないタイプの友人が出来そうな予感を、好意的に受け止めた。

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