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第6話※
アランは一週間ほどして屋敷に帰って来た。看護婦を伴うとのことだったので、アヤメはいつもの愛妾の姿ではなく、屋敷の人間として相応しい格好に着替えた。あの人から贈られたピアスを外し、詰襟の服を脱ぎ、ワイシャツにベスト、ネクタイといった良家の子息らしい姿で出迎えた。
アランの左肩を貫通した銃槍は、幸い神経に影響しなかった。撃ちどころがよかったのだ。それでも痛みは肩から背中、腰へと響き、初期には頭痛を伴った。全治には一ヶ月ないし二ヶ月かかると言われたが、術後は良好で、傷自体の快復も早かった。医師に何度も「帰りたい」と申し出ていたこともあり、退院は繰り上げられ、自邸での療養が許された。アランは看護婦を二人連れていながら自分の足で歩くのだと言い張って、誰の手も借りずに、補助代わりに杖をついて屋敷へ戻った。
アヤメは初めて見る彼の痛ましい姿に胸が締め付けられ、今にも泣きだしてしまいそうになった。彼に飛びついて、この腕いっぱいに抱き締めたい。できるなら代わって差し上げたい。もう二度と、お傍を離れたくない。そんな激情を抑え、澄ました顔で出迎える。
「おかえりなさいませ、アランさま」
「ただいま、アヤメ。変わりはなかったか」
「はい。万事つつがなく」
アランがアヤメに手を伸ばしたのと、アヤメがアランに手を伸ばしたのは同時だった。アヤメはアランに肩を貸し、自らが杖の代わりとなって、彼の部屋まで連れて行った。
アランをベッドに休ませたあと、ベッドから少し離れたところにテーブルを用意し、アヤメは付き添いの看護婦たちに包帯の取り替え方や清拭の手順など、看護の仕方を一通り習った。真面目な顔で聞き入り、メモを走らせ、疑問に思ったことは納得するまで説明を求める。熱心な生徒に中年の看護婦の指導にも熱が入った。彼女の手厳しい指導に怯むことなく、アヤメはとにかく学ぼうという気迫に満ちていた。もう一人の若い看護婦も二人の熱量に押され、真剣に指導の補助を務めている。
アランはロイドの淹れた茶を飲みながら、その様子を楽しそうに眺めた。
「アヤメは看護婦にでもなるつもりだろうか」
傍らのロイドも凶悪な微笑を隠しきれない。
「アラン様がお留守の間、あれこれ本を取り寄せまして、寝る間も惜しんで勉強しておられましたよ。私も包帯の練習相手を務めさせていただきました」
「包帯を巻いていたお前が、包帯を巻かれる側とはな。指導してやったのか?」
「いえ、私は退いて長いですから」
「昔が懐かしいか」
「そうですね。少しは、昔を懐かしむ余裕が出て参りました」
二人は和やかな会話をしていたが、その瞳には往事の鋭い眼光が生きていた。
「ミンは使いに出した。報告を待つ。念のため備えておけ」
アランが声を潜めてそう告げると、ロイドは「はい」といつものように畏まった。
「それまで休養だ。せいぜい楽しむとしよう。ロイド、茶を淹れ直してやれ」
「かしこまりました」
アランはロイドを下がらせ、次にアヤメに声を掛けた。
「アヤメ、少し休憩したらどうだ」
「あ……。申し訳ありません。お二人とも、こちらへどうぞ」
アヤメは看護婦たちをベッドの傍のテーブルへ案内した。怪我人と言えど、アランはこの屋敷の主人だ。病床の上からでも、ホストとして彼女たちをもてなしたいのである。
看護婦たちは休憩と聞いて嬉しそうに席へ着き、アヤメの熱意や飲み込みの早さ、手際の良さなどを褒めちぎる。
「よい看護人がいらっしゃってよかったですわね、アラン様」
「ほんと、私たちは必要ないみたい」
アランは微苦笑する。入院中のことを思い出し、罰が悪かった。
入院中、彼は帰りたい、帰りたいとそればかり訴えていた。若い看護婦がきゃいきゃいと世話を焼きに来て、その賑やかさで一時の寂しさは紛れても、満たされることはない。アランはうら若き乙女の看護ではなく、アヤメだけを求めていた。アヤメに目を配ると、薄く微笑される。
ロイドが茶を淹れに来て、彼女たちのおしゃべりに花が咲いた。
「アラン様も、あまりゆっくりできなかったでしょう? あの子たちには困りましたわ。お付きの方にまであれやこれやと……。退院して正解でしたよ」
「なに、おかげで退屈はしなかった」
アランが擁護すると、中年の看護婦はぴしゃりと言う。
「看護婦は暇じゃないんですよ。病院看護は時間との勝負、おまけに慢性的に人手不足ですからね。休憩すらままならないときだってあるのに……」
「今だから申し上げられますけれど、アラン様の看護は、独身女性で当番を組んでましたのよ」
若い看護婦は困ったようにはにかんだ。彼女の左手には結婚指輪が輝いていた。
「出会いが少ないものねえ」
中年の看護婦は高らかに笑い、アヤメに勧められるまま焼き菓子に手をつけた。美味しい焼き菓子に舌鼓を打ち、会話も弾む。
「そう言えば、アラン様が隔離病棟へ移る話は本当でしたの?」
若い看護婦が尋ねると、アランが驚いたように聞き返した。
「私に、そんな話が?」
アランが言うと、中年の看護婦は首を振り、噂の出所は私ね、と笑った。
「アラン様が夜中にこっそり抜け出すからですよ。だから、先生にいっそ隔離病棟へ移した方がいいんじゃないかって言ったの。でも冗談が通じなくて、先生が『毎年うちに多額の寄付をして下さる方だぞ、そんな真似できるか!』って怒鳴っちゃってね」
その場にどっと笑いが溢れる。アヤメは愛想笑いの微笑を湛えながら、辛抱強く彼女たちのおしゃべりに耳を傾けていた。
彼女たちはひとしきりしゃべった後、ロイドの焼き菓子を気に入ってブリキ缶いっぱいに持って帰った。
アヤメは彼女たちに礼を尽くし、アランに代わって丁重に見送ったあと、彼の部屋へ一目散に駆け出した。行儀が悪いと叱られても、やっと逢瀬が叶うのだと思うと止められない。
「アランさま!」
アランはベッドの上で新聞を読んでいた。ノックもしないで飛び込むアヤメに微笑み、手を伸ばす。利き腕の自由は効かないが、左利きだったのを矯正されたので、右手でも不安はない。
「アヤメ、こちらへ」
アヤメは伸ばされた右手に自分の手を重ね、頬へ導く。アランの大きな手に包まれ、親指の腹でやさしく愛でられる。アヤメは幸福にうっとりと目を細めた。怪我の理由を聞いても、アランはきっと答えないか、はぐらかすだろう。今、こうして自分の元へ帰って来てくれたのだから、それでいい。
「おかえりなさい、アランさま」
「ただいま、私のアヤメ」
「今日から、僕がたくさんお世話をいたしますね」
「心配ない。自分のことは自分でする」
「だめです。僕が全部します」
アヤメはきっぱりと言い切った。
「何か、して欲しいことはありますか?」
アランがいつも自分を甘やかしてくれるから、今度は自分がめいっぱい甘やかそうとアヤメは考えていた。アランが不便を強いられ、困難に直面しているときに、役に立てるということが嬉しく、誇らしかった。
「お前に触れたい」
アランの色素の薄い瞳が肉欲にぎらつく。アヤメも彼の意図していることがすぐにわかり、笑みを深めた。
「ええ、もちろんです。どうぞ、お好きなだけアヤメを触って……。可愛がってくださいませ」
男らしい右手を両手で包み、心臓の付近へと導く。自分からネクタイを緩め、ボタンをひとつひとつ外していった。
シャツと肌の隙間にアランの手が滑り込む。吸い付くような柔肌の感触を楽しみ、アランも頬を緩めた。
「アヤメ、もっと傍へ」
アランは枕に背中を預けていた上体を起こした。自分の太ももをやんわり叩くと、アヤメは彼の体に負担にならないよう体を跨いだ。アランが腰を撫でれば、アヤメが近づく。シャツの残りのボタンをアランが外し、白い肌を露わにした。桃色の柔らかそうな乳輪が顔を出す。それを小鳥でも撫でるかのように、指先で触れた。
「んっ……」
アヤメの体がぴくりと反応する。アランは決定的な快楽は与えない。すりすりと指先で撫ぜ、胸や、脇腹、腰の括れと撫でていく。
「私がいない間、一人で慰めていたのか?」
アランの低い声が耳元に流れ込むと、アヤメの体はあっという間に熱く火照った。
「いいえ、何、も……、んぅ……っ」
アヤメが言い終えるのも待ちきれず、アランは唇に噛みついた。何度も角度を変え、口付けは深く、激しくなり、互いの舌を貪るように絡め合った。水音と共にアヤメの唇からくぐもった甘い声が漏れ、腰が揺れる。
「アランさま……っ、あっ」
首筋に舌が這う。アランは右手でアヤメの体を支えるように火傷痕をなぞり、胸に吸い付いた。白い肌に赤い花が点々と咲く。
「あっ……、ぁ……」
アヤメの艶かしい吐息が情欲を煽る。アランは辛抱堪らずアヤメを押し倒そうとしたが、右肩を押されてやんわりと制止される。
「だめですよ。お体に触ります」
アヤメは聖女のように微笑みながら、後ろ手でアランの熱くなったものを撫でた。
「……ッ、」
アランが呻き声を噛み殺すと、アヤメはくすくす笑った。清廉潔白な乙女が淫靡な愛妾になったようだ。アランは眼前に突き出される桃色のそれに今すぐにでもむしゃぶりついてしまいたいと思った。舌で転がし、ぢゅるぢゅると音を立てて吸い上げ、甘噛みをしたい。
アランが唇を薄く開いて寄ると、右肩に乗せたアヤメの腕にぐっと力が入り、白い肌が離れていく。
「だぁめ」
甘えるように言いながら、男の勃起を愛撫することはやめない。
「アヤメ……」
むっとしてアヤメの尻肉を掴む。その手にアヤメの手が重なり、再び制止される。アヤメは後ろに下がり、アランの服の上から勃起に口付けた。あの夜と同じようにベルトを外し、金具を歯で噛み、ゆっくりと下ろしていく。盛り上がった布越しにまた口付けを落とし、下着をずらすと、勃起が勢いよく飛び出した。丸い頬に肉棒がぶるんと当たる。
「ふふ。お元気ですね……。アヤメのこと、待っててくれたのかな……」
アヤメは肉棒を大事そうに両手で包み、頬擦りしながらうっとりとアランを見つめる。
「アランさまの……、やっと……」
ちゅ、ちゅ、と唇で吸い付いたかと思えばやさしく食み、堪能するように頬を寄せてはゆるい愛撫を繰り返す。ずっしりと重たい陰嚢を唇や舌で弄び、根元を食みながらべろりと舐め上げた。先走りが滲んできた頃にやっと先端を舐め回す。何度も何度も、猫の毛繕いのように、血管の浮き出た凶悪な雄を舌と両の手で愛撫し、ようやく亀頭にぱくついた。
「んっ……」
唾液を絡ませ、舌を這わせ、唇で扱いていく。早く欲しいときは自分で雌穴を弄りながらするが、今はこの立派に勃ち上がる雄に集中したかった。
「んんっ、ん、ぅ……」
ぷっくりと膨れた頬が愛らしい。柔らかい頬肉の感触に、アランの声も上ずる。
アヤメは何度も頬をへこませて頭を前後に動かした。ぷは、と息をついて陽物から顔を離し、ちゅっちゅと音を立てながら、唇でやさしい愛撫を繰り返していく。
「んっ、ン、んぐ、っ、んんッ」
「アヤメ……、っ、済まない、もう……」
アランの言葉に、アヤメはますます張り切って頭を前後に動かした。喉奥まで陽物を咥え、収まりきらない根元は唇と一緒に手で扱き、もう片方の手で陰嚢を弄ぶ。
アランはアヤメを引き剥がそうとするが、アヤメは抵抗した。意地でも口腔内に射精させる気だ。
「……ッ、出すぞ……!」
堪らず、アランは射精した。
雄は口の中でどくどくと脈打ち、どろりと濃い精液が口いっぱいに広がる。射精が終わっても残滓を吸い出すように唇で何度か扱き、ゆっくりと口から引き抜いた。ぷっくりと膨れた頬からも量の多さがわかる。アヤメはあーんと口を開き、こぼれないように手で受け皿を作った。見せつけるように、ゆっくりと噛む。口の端から精液混じりの唾液が溢れた。こくん、こくん、と数回に分けて口の中のものを飲み込むと、赤い舌を伸ばして口を開け、すべて飲み込んだことを証明する。
「いい子だ。おいで」
アランが褒めると、アヤメはふにゃりと笑い、また膝の上に乗る。
アランはアヤメの唇を舐め、食み、舌を挿し込んで蹂躙していく。
「んぅ、ふ……ぅ」
アヤメも深い口づけに夢中になり、二人はしばらく抱き合って甘やかなひとときを過ごした。
「アヤメ……」
「ぁ……、アランさま……」
おそらくアランはこのまま最後までするつもりだったのだろう。しかし、左肩をやられていては思うように組み敷くことができない。アヤメはくすくす笑って、アランの唇に人差し指を当てた。
「まだ日が高いですから、だめですよ。お湯を準備してきますね。お体を拭きましょう」
彼の体から離れ、アランの着衣を整えると、自分の衣服も同じように整えた。
「日中、しばらくはこの格好でいます。動きやすいし、いつ医師や看護婦がやって来るかわかりませんから」
てきぱきと片付けながら言うアヤメに呆気にとられ、アランは「ああ……」と返事をするしかできなかった。彼にはアヤメが庇護すべき献身的な愛妾ではなく、頼れる良妻賢母のように見えたのだった。
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