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ともかく期待値が高まるメニューを眺めつつ店長に何を頼むかと聞けば「俺は何でもいいよ、鈴木くんの頼んだのもらうから」と言う。 「嫌いな物とかないんですか」 「別にないかな。というか俺、酒飲む時あんまり食わないんだよね」  そう言う店長のお通しは確かにあまり減っておらず、しめ鯖が一、二枚なくなっている他はほとんど手付かずだった。 「何でもいいって言われると逆に迷うんですよ、俺みたいなのは。俺も何でも食えるし」 「俺のおごりなんだから好きなもの好きなだけ頼んじゃえばいいのに。真面目だね」 「おごりだから余計に遠慮するんじゃないですか」  とはいえ店長はこういう時意外と折れないので、これ以上は押し問答になるだろうとは分かっていた。なにより腹が減っているのでさっさとメニューを吟味する。 「ちなみに店長のおすすめってあります?」 「俺? いいよいいよ、別に」 「違いますって。どれもうまそうだし優柔不断だから迷ってるんですよ」 「あはは、なるほどね。じゃあ俺は枝豆のガーリック炒めと肉豆腐」  結局店長のおすすめに加えて二、三品を選び、ビールのおかわりを頼むついでにと店長が注文をやってくれた。俺があれこれ悩んでいる間もずっと飲んでいたので早くも一杯目の底が見え始めている。酒の席は初めてだがけっこういける口らしい。  早々にお通しを全部食べてしまい、料理がないと酒がすすまないので退屈しのぎにカウンターの中をぼんやり眺める。調理は安本さん一人で担っているようで、魚を揚げたり盛り付けたり忙しそうにしつつも手際がよいので見ていて面白い。 「ねえ鈴木くん、これ俺の分も食べていいよ。ポテサラと長芋は手付けてないから」  一番左のしめ鯖だけが綺麗になくなっている皿を差し出される。飲んでいる時あまり食べないと言っていたのは本当らしかった。こんなにうまいものを残すのは勿体ないので有り難くもらうことにする。 「じゃあ遠慮なく。ありがとうございます」  味濃いめのポテサラと梅でさっぱりした長芋をソーダでちびちび流すと無限に箸が進む。このポテサラなんて絶対ビールに合うのに勿体ないなあと思いながら何口か食べたところで続々と料理が運ばれて来て、店長に勧められるがままソーダ割りのおかわりを注文した。 「ほんとうまそうに食べるねえ」  うまい飯は酒が進むなあと思いながら鯵だの蛸だのに次々舌鼓を打っていると、隣からくっくと忍び笑いが聞こえてはっとする。さっきから全然喋らないなとは思っていたが、カウンターに頬杖を突いてニヤニヤしている店長と目が合った。もう片方の手にロックグラスを持っている。二杯目のビールの後になにか頼んでいたのでそれだろう。 「なんですか。人のことジロジロ見て」 「いやあ。いつになくニコニコうまそうに食べてるなあと思ってさ。もっと早く連れて来てあげるんだったなあと」 「すみませんね、食い意地張ってて」 「そういうつもりで言ったんじゃないって。かわいいなあと思ってさあ」 「……はあ?」  なにを気色悪いことをと言い返そうとして、ふとそれを止めた。 「あの、もしかして酔ってます?」 「うん、どうだろう?」  小首を傾げてにっこりと微笑む。顔色はほとんど変わりないもののよく見れば目元が微かに赤いような気がしないでもない。 「店長、そのグラス中身なんです?」 「これ? 泡盛」  泡盛ってなんだっけ。詳しくないのでそれが沖縄の酒ということくらいしか知らず、とりあえずメニューから銘柄を探す。安本さんは酒にも丁寧に説明書きをしてくれていた。泡盛、銘柄は店主にお尋ねください、度数目安:二十五度。ギョッとして店長へ目を向ける。 「ちょっと、二十五度って書いてますよこれ」  けっこうなペースで飲んでいたからてっきり強いのかと思っていたが、まさかそれほどでもないくせに空きっ腹に立て続けにビールと泡盛を入れたというのか。しかもロックで。 「なにやってるんですか、いい歳して酒に飲まれて」 「いい酒は水みたいっていうじゃん。それにほら、俺ってずるい大人だからさあ。酒の力を借りないとダメな時とかあるわけよ」  グラスを持ち上げて「ね〜〜?」と同意を求められても困る。と思っている間にまた一口飲んだので、慌てて止めに入った。 「少し水とか飲んだ方がいいですよ。頼みましょうか」 「うーん。いや、大丈夫。今いい感じだから」 「いい感じって何がですか。酔いがですか」  確かにやたら陽気な気もするのだが、そもそもいつもへらへらしているので変化が分かりにくい。まあ顔色は普段通りだし、いい大人なのだから自分の限界くらい承知しているだろう。 まあいざとなればタクシーに突っ込んでしまえばいいかという俺の考えを知ってか知らずか、店長はグラスを揺らして氷をカラカラ鳴らしながら枝豆を口に運び始めた。 「というか酒の力を借りないといけないって、今そんな状況でした? 普通に飯食ってるだけですけど」  ふと気になって訊ねたが店内の喧騒で聞こえなかったらしく、店長は明後日の方向へぼんやりと目を向けながら延々を枝豆を食べ続けている。酔っ払いってなんでだか一度口に入ったものをずっと食い続けるよなあと観察していると、ふと豆の房を取る手がぴたりと止まった。

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